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あそびのアトリエ リボンクラブ大阪池田ルーム





ぶじです :: 2018/06/19(Tue)


昨日、大阪北摂を震源とする強い地震がありました。


こどもは揺れが落ち着いてから登校したものの、
登校後は校庭に集められ授業するの?下校するの?と市内でも校区によって対応がわかれ情報が錯綜しました。


わたしの住む池田市は
幸い大きな被害は現在までなかったようですが、

水道水が茶色で使用できないため困っている知人が数人いたり、
お皿の半分が割れてしまったというはなしも耳にしました。


近くのスーパーは水、お茶、
パン、カップ麺、お惣菜、カロリーメイト?といった非常食になるようなものなどは陳列棚は空っぽでした。
さすがにこれには驚いてしまいました。


わたしは以前
不安から必要以上にモノを買い込むことで、さらに状況が悪くなる、
買い占めなくても大丈夫!というコラムだったかを読んだことがあり、なるほど~と思った記憶があるので、
今回特別な買物はしていません。

非常避難袋(←これも必要ナイという人もいますよね)にマッチ、ライターの類がなかったので、コレは買いました。


こどもと共に改めて通学路を点検し、
身を守るために歩かない方がいい場所があることや、
外で揺れを感じたときにどうしたらいいのかを話しながら歩きました。
普段気にもとめていなかった危険が随分あることに気づきました。



モノがないこんなときだからこそ?
これからパンを焼き、梅酒をつくります。
お風呂にはいっぱい水を張っています!
米さえあればなんとかなる!
電気もつく!ガスもつく!




今回の件で、ありがたいことに
遠方から安否を気遣う連絡をいただいております。
無事ですのでご安心くださいませ。








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わがやの子どもたちについて :: 2018/02/15(Thu)



今回はわたしのこどもについて記事にします。


わたしは3人の子どもに恵まれました。

3人とも同じように育てたつもりですが、その個性たるや三人三様。

長女はあまり手がかからない子どもでした。
幼少の頃から聞き分けもよく、困った記憶はありません。
幼稚園に行く前は「はやくようちえんにいきたい」と期待に満ち溢れ、園バスに乗りこんで見送った初日の光景は今でも鮮明に思い出されます。
お友だちとトラブルになるようなこともなく、今から思い返してみれば未熟な若い母親にとって親孝行な娘でしたね笑

高学年になる頃には友だち関係も複雑になり、ジブンや立ち位置に悩む時期だったようです。
それでも、集団のなかでは人の信頼を集め、リーダー的存在だったように思っています。親バカかな?

思春期のジブン探しの課題は、このご時世の割には早くに道を選択し、輝ける場所で経済的自立に成功しました。
私たち夫婦の喜びであり、心の支えにもなっています。
いつのまにか逆転してしまいましたね。




つぎに、次女について。
これまた長女に輪をかけて手のかからない子どもでした。
心身の発達について心配したことはありません。
勝手に大きくなっていきました。
が、聞かん坊なところがあり手を焼くことはありました、
スーパーなどで地団駄を踏む子です笑
最近そんな子をみるとホッとして側に駆け寄りたくなります。
今となっては、これはわたしが意のままに子どもを操りたい気持ちが先行していたことが問題だったなぁと反省!
「子どもの気持ちに寄り添う」ことができていなかった未熟さがあったのだと思います。

次女もやはり高学年になる頃には、お友だちとの関係では悩むことになったようです。社会に適応して上手くやっていくことの難しさがあるのでしょう。
男子より女子の方が精神年齢が高いためか、このくらいの時期はややこしいく、大人が考えてる以上に複雑なのかもしれませんね。
ほら女同士の職場って大変ていうじゃないですか。あの大変さは高学年からあるんですよ。言葉や言葉以外のコミュニケーションから関係性を読み取ったり、推測して判断すること、同調したり、嫌われないよう考えて立ち回ったり、、

そんな次女は現在体調を崩し、通っていた高校を辞めてもうすぐ1年。
体調に変化が生じたのが中3。睡眠リズムがズレ始めました。
それまでにも頑張って頑張ってがまんにがまんを重ねてきたのでしょう。とうとうその頑張りが利かなくなってきて家から出れなくなりました。不登校ですね。
もうこの歳のコは親の言うことに耳を貸すなんてことはありません。

充電期間中は長くて暗いトンネルにいましたが、春の訪れとともにようやく出口が見えてきたと感じるこの頃です。

わたしと夫で死守していることは、
いまの彼女をそのまま認める
否定しない、
進路について尋ねない
不安を煽る言葉掛けはしない
先導しない
待つのみ!!!!

特に、こうしようねって話し合った訳ではないのだけど、
自然とこうなりました。

そして、学校を捨てた彼女と再び幼児期のように一日中一緒に生活してわかったことは
高校なんて行かなくてもなんとかなる!
高卒認定試験に合格すれば大学受験資格も得れるし、
目的を達成するためのサポート機関もたくさんある。
知らなかったなぁ。
これも次女から教えてもらったこと。
心身ともに健康になれば、自ら道を探り歩みだすに違いないでしょうから、もうほおっておくしかない!




最後に長男、第三子。
三番目にしてこれまでの二人となんだか違うかしら?と感じ始めたのが2歳ころだったかな。
片時もジッとしていない、部屋があっという間に散らかる、
広い室内ではぐるぐる走り回る、
出窓や高いところに登る、、
男の子はこんなものかしら?それにしても目が離せないし、起きているときはクタクタ、、
睡眠時間はたっぷりで年中さんの頃までは降園後、午睡する子でした。彼の脳内はブレーキの効かないスポーツカーを操縦しているかのように覚醒し、疲労が蓄積するとスイッチがオフになるようでした。
上の二人とはどこか違う風変わりな息子はそれまでに経験したことのない育児となりました。対外的には謝ったり、恥ずかしい想いをすることが多かったかもしれませんね。
難しい子育てを頑張れたのは、サポートがあったからにすぎません!また、子どもの発達について正しく学べたことで不安が解消されたのも事実。

そんなわが道を行く息子ですが、今から2年前、急に地域のスポ少に入りたい!と言い始め、再三お願いされた挙句に入団を決意しました。地元でも厳しい練習で有名なコーチのもと、すぐに根を上げるだろうというわたしの予想を反し、いよいよ残すところあと1年に至るまでになりました。
いま個人技から「一人がみんなのために、、」チームスポーツの壁にぶつかっています。これまた、わたしには教えることもアドバイスもできない世界ですから、大いに考えて悩んでもらいましょう。

ジブンは勉強がよくワカラナイと自信がなかった彼ですが、
最近になり意欲的に取り組めるようになり、集中力や忍耐力がついてきました。論理的思考力や判断力もつき、わからないことをわからないままにしないで、お友だちや先生に聞いてわかるよう努力しているようです。
サポートなしでジブンの力で解決したいと願っているようです。

小さかったときの様子から、こんな日がくるなんて想像できませんでした。



まだまだ自立前の下のコ二人は、今後どのような人生を選択し歩んでゆくのかはわかりませんし、
長女もこの先どうなるのか将来が約束されている訳ではないのでわかりません。


先のことは誰にもわからないのですから。



わずか3人の子育て経験を現時点で記事にしてみたのには理由があります。

長女は大学を卒業して就職するんだろう、となんとなく思っていたけど、実際には退学して憧れの生涯雇用の約束のない世界で生きていく選択をしたということ。

次女は入学した高校がまさか不登校になるなんて考えてもみなかったこと。

あんなに心配した長男は、一人勝手気ままに動くのではなくチームスポーツで仲間と練習メニューをこなし頑張るようになったこと、どう教えても勉強が分かるようになるのは難しいと思っていたけど、よく考えて取り組めるようになったこと。


どれをとっても彼らが幼少の頃に想像できなかったことです。

だから、5年後10年後子どもたちがどうなってるかなんて、
誰もわかりゃしないんだってことがわかったのです!

わからないってことがわかった、なんて変なんですが、、。



子どもたちが小さかったときは、
これをさせた方がいいんじゃないか?あれもいいんじゃないかと、
思いを巡らせていたし、随分余計な手出し口出しが多かった母でした。ごめんなさい。



でも、いま立派に育っているなぁと嬉しく思うのです。



もし、いまあれもこれも抱えてしんどいなぁと思っている人がいたら、自分の心配事を手放してみてください。

子どものために、、と一生懸命に頑張って頑張って頑張りすぎてしんどくなっていたら、そのことをやめてみてください。


子どもの人生を歩むのではなく、ご自身のために生きてください。


子どもは自分で人生を切り拓く力があります。
信じて、手放してください。
きっと笑顔の母親になります。


おいしい食事を作ること、
睡眠時間を確保すること
排便がきちんとあるかを知ること、


母業はこれさえすればオッケーじゃないですか?








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ジジさんのコメントより :: 2018/02/08(Thu)


先日の記事にジジさんよりコメントいただきました。


~以下、抜粋~

良いニュースをお知らせします。

1 子どもにとってあそびとは、新しい能力の獲得を支えるもの。

2 子どもは成長するためのプログラムをもっている。

上記の2点が「赤ちゃん学」によって報告されました。発達認知心理学、脳科学、情報工学、小児神経科学、動物学などの最新の研究による報告だそうです。

それからプライベートなことですが、小西先生の恩師にあたるのが、田中昌人・杉江の両教授。

2017年7月に出版されている「赤ちゃん学で理解する乳児の発達と保育② 運動・遊び・音楽」中央法規・著者小西行朗・小西薫・志村洋子。にると、

「あそびとは、獲得した新しい運動(力)を利用して、環境との相互作用を繰り返す中で、自らの能力をさらに発展させ、それによって自分の世界を広げ、新しい世界を楽しむこと」だそうです。
* ここでの運動力は上肢と下肢の協応運動、感覚系と運動系の協応(目と手の協応)、身振りや手振りや眼球にまでの表情運動。

赤ちゃんについても全く新しい見解がされていて「生後2か月革命」と名付けられたようです。詳しくは本を買って読んでください。とても読みやすい内容になっていますよ。

ガンバってきて良かったですね。



ちなみに①巻は「睡眠・食事・生活」③巻は「コミュニケーションと言葉」
③巻はもうずぐ出版されるようです。





これまで、リボンクラブを開設するにあたり
ジジさんはじめ色々な人の話を聞き、本を読んで勉強してきました。そして、〝良さそう〝あるいは〝いらんことをしないで〝子どもとの関わってきました。


しかし、わたしのなかでは揺るぎない自信があっても、
お母さん達にしっかりとお伝えできていないのでは?というのが課題でした。どうしても語彙も乏しく、専門家のようには説明できず曖昧なのでは?と気になっていたのです。



それが、今回のジジさんのコメントによると
赤ちゃんの育ちを研究している各分野の専門家で構成された「赤ちゃん学会」でリボンクラブの前提・理念が認められた!
ということですから、こんなに力強いことはありませんね。


先日、時を同じくして
息子の通っていた幼稚園主催の講演会に、りんごの木代表の柴田愛子さんが来られお話しを聞く機会に恵まれました。


柴田愛子さんは快活で人を陽気にさせるパワーがあるかたでした。
ご自身で幼稚園をされるまえの勤めていた幼稚園でのエピソードには胸が痛み涙が溢れてきました。
そんな笑いあり涙ありのステキなお話のなかには、


リボンクラブの前提となる子ども自身がプログラムを持っていることや、大人が随分子どもの育ちをさまたげているのでは?ということを話されていましたし、

「ほっときなさい」

という言葉も何度かでてきました。


小西先生の「おかあちゃん、いらんことすんな」とおんなじです笑

お話しを聞いていて、あ、これは遠藤先生の愛着理論のことだな、とか、
これは、三池先生の睡眠のことをおっしゃっているなぁとか。


話題は幼児教育に尽きず、
日本の公教育にも触れ、リヒテルズ直子さん(オランダの教育)や汐見さん(教育研究家)なども話題に挙げられ



お母さんが学校の手下になったらダメよ!と、
何よりも目の前の子どもをよくみてごらん、


と言われていたのが印象的でした。


世間的には少数派のリボンクラブかもしれませんが、
追い風が吹いてきたように感じるこの頃です。








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地域のなかではぐくむ :: 2018/02/03(Sat)



(先日ちょうど、あそびのアトリエでお母さんに紹介したところでしたが、こちらでも)


先日、午前中リボンクラブがなかったので、のんびり犬の散歩をしていたときのことです。
家を出てまもなくのところで、ひとりの子どもとすれ違いました。



学校のある時間に子どもに会うのが珍しかったので、
インフルエンザの学級閉鎖かな?と頭をよぎりながらも、すれ違ったときの顔にどことなく面影があったので思わず立ち止まって振り返りました。
向こうもそんなわたしに気づいてか立ち止まり、わたしを見ました。


近所の子どもでした。
息子より年上のコで低学年の頃はウチを行き来していましたが、学校が違うこともあってか高学年になってからは一緒に遊ぶことはなくなっていました。



「あ、おはよう! きょうは学校おやすみ?」

「あ、うん。明日、試験あるから」

「あ、そうなんや!」

と、何気ない会話を交わしてそれぞれ別々の方向に行きました。



「試験」って、あの子が受験なのかな?
それとも通っている学校が試験期間中でおやすみだったのかな?

などなど、ぐるりとめぐりました。

久しぶりに会うその子は、わたしくらいの背丈に伸びて子どもの成長の早さに驚きました。
そして、大きくなった今でも近所のおばさんに話しかけられて恥ずかしがったり、嫌な顔せずきちんと受け応えてくれることを嬉しく思いました。



数年前の出来事です。こんなことがありました。
まだ息子が低学年だった頃、放課後学校の友達が数人あそびにきてリビングであそんでいました。その中には、先述の子もきていました。
そのときみんなで囲んでいたのは、当時流行っていたポケモントレッタでした。トレッタとはゲームセンターでお金を払ってあそぶときに使うプラスチック製の小さなメダルのようなものです。
どうあそぶのかリビングの床に数十枚広げていました。


みんなが帰ったあと、息子が自分のトレッタが一つないことに気がつきました。
たくさんあるので、何かがなくなってもわたしには全くわかりません。息子の勘違いでは?と思いましたが、
なかなか手に入らない、いわゆるレアもので最近ゲットしたばかりだと言うのですからどうやら間違いはなさそうです。


複数人で自分のものを広げていたので、帰るときに誰かのに紛れ込んだのかもしれないね、と声かけしましたが、わたしの中でなんだかモヤモヤしてしまいました。


しかし、そのときは大切なレアものがなくなって残念だと言いながらも、その後特に落ち込むこともなく、割とあっさりとまるでなかったことのように振舞う息子の様子の方が気になりました。

アレ?自分のものがなくなったこと理解できているのかな?
モノを大切にするとか、お金を払った代価であることわかってるのかな?



そんなことがあって数日後、ウチにお友達が複数人きて、
再びトレッタを広げていました。
このとき、数日前になくなったことが思い出され、
同部屋で家事をしながらも、チラチラとこまめに様子を見ていました。


すると、「あ、もう帰らなあかん時間や!」と言ってバタバタと片付け始めるコ、、そういえばこの間もそうやって急いで帰ったような、、⁈


なんだか唐突で不自然にも見え、急いで自分の持ち物を集めるその子の手の内側には、なんとトレッタを一枚握っている側面が見えたのです。



アレ?おかしいな、と疑問に思いつつも、その子に失礼のないように傷つけないように、

「自分のものを持って帰ってね。間違いないかな?」と尋ねると、

うんうんと頷くや早いか、そのまま急いで帰ってしまいました。



その後すぐに息子に自分のがあるか確認してもらいましたが、
やはりレアものが一枚なくなっていました。

やっぱり、あの手に握られていたのは息子のものだったのでは??br/>


このことを通じて、たくさんある自分のものを管理するのは息子には難しいことを夫婦で知ることになったのです。




それと同時に、この子どものことが気になりました。

おうちは新築の戸建てに住み、経済的に困っているようにはみえません。
お母さんとお話しすることもありましたが、穏やかなかたで、そんなに常軌を逸脱するような厳しい躾をしているようにも思えない、ごくごく常識的なご家庭だと思っておりました。


ただ、知っていることといえば、
構成家族に変化があったことや
その子が関西で有名な進学塾に低学年の頃から電車で通い、テストでは学年1位であることは聞いていました。



そのような背景から、
あまり雄弁でなさそうなそのコのなかに満たされない想いや淋しさがあるのでは?
親の期待を一身に背負っているのかな?
家族内の言い争いを耳にしたのかな?
もしかしたら強いストレスを抱えているのかな?

とわが家で起こった、状況的に限りなく黒に近い「よろしくないこと」の理由をわたしなりに推測しました。



母親としては、全く知らない間柄でもなく、会えば挨拶するので、このことをお伝えした方がよいかしら?
でも、こんなこと知ったら余計な心配をかけるかしら。
それか、こどもがひどく怒られるんじゃないかな。
二度と遊びに出してもらえなくなったらかわいそうだしな。
でも、あそびに来るたびに、息子の持ち物がなくなるのも困るなぁ。

などなど悩み、このことをどう決着付けるのか、
私たち夫婦で話し合いました。先方に状況を説明して持ち物を確認してもらう、また返してもらうなどありましたが、

結論は、息子はなんにも言っていないのだし(なくなったことにも気づいてもいなかった)もうこのまま(言わない)でいいんじゃないの?ということになりました。



すると、不思議なことにそれからその子がわが家にあそびに来ることはなくなってしまい、心配していたようなことは起こらなかった訳です。




子どもには自分でも説明できないような情動の変化があり、たぶん良くないこととわかっていながらも自分を制御不能にするような支配する力に従って行動したのだろう。
そうせずにはいられない事情があったのだろう。



その時以降そんなふうにずっと思っていました。




犬の散歩を終えウチの前まで帰ってきたとき、先程言葉をかわした子が塾のかばんを身につけてお母さんと並んで歩く後ろ姿に遭いました。



大きくなった背中を見つめて、
あのとき、問題として取り上げなくてよかったという気持ちでいっぱいになりました。


なぜだかわかりません。

それが正しい判断だったのかもわかりません。

ただ、現実に目の前の二人の姿をみた直感です。





そして、こどもは地域社会の中で大人に管理され過ぎないで、
ときに目をつぶってもらい、許し許されながらも
立派に育っていくものなのでは?と信じているのです。























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太陽の塔 内部見学が、、 :: 2018/01/19(Fri)


48年前に開催された大阪万博のシンボル、
太陽の塔の内部公開一般予約の今日、



なぜだかアクセスできない、、



不思議に思って検索してみると、


な、なんとアクセスが集中してサーバーがダウンしたのだとか。





なんとか予約できたら、あそびのアトリエの子どもたちと行ってみたいと思っています!


「Google 画像より」


外側からみるのは違って迫り来る力をかんじます。








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