あそびのアトリエ リボンクラブ大阪池田ルーム(旧ママりす日記)





「競争」じゃなくて「共創」 :: 2015/08/07(Fri)


久しぶりにわが家の第三子のまっくすの事を記しておこうとおもいます。

(リボンクラブを卒業した子どもたちのお母さんとっても、だいたいの目安にもなると思いまして)

小3の夏休み。近所の遊び仲間を誘って「ジブン達でするBBQ」を提案しました。


「ジブン達でするBBQ」とは、材料、予算および計算、買出し、下ごしらえ等々をその名の通りやってみるのです。

この遊び仲間は普段からよく遊んでいる子ども達で、元気でゲーム大好きな今どきの小学生5人。

3年生になってからは、「よそのお家」での振る舞いについてお互いに注意し合ったり、帰る時間を教えたり、ズルをしたら糾弾されたりなど、かなり社会的認知能力を身につけているなぁと感じます。わたしから何か言うべきことはほぼありません。

この日は、午前中は学校のプールだった3年生は、荷物を置いてきたらウチに集合。

「いつもよりちょっと早いけど5時には食べれるように準備したいと思う」と伝えました。

途中、3時~4時の間 習い事で抜ける仲間も3人いることがわかり、昼食の素麺を食べたら早速何を買うのかの相談を始めるのかと思いきや、

一人が「ゲームしようぜ」と言うと、みんな一致してiPadや3DSでゲームを始めたのです。
これではいつもと一緒やん!内心え~っ!と思ったのですが、なるべく手出し口出しをしないでどこまでのことができるのか見たかったので、がまんがまん。
途中で誰かが気づくかもしれんと期待を込めつつ待つこと30分。

きっと女子ならこうはならないだろうけど、男子はこんなふうに合間に遊び?が入るのねーと知ったのです。

30分タイマーが作動し、ゲームが終了したあとも「外行こうぜ」?の声が聞こえてきました。
おいおい!誰も「話し合いしようぜ!」と言わないのか?

ここで、
5時に食べれるように準備したいこと。
3~4時の1時間、5人中3人が抜けることを考えたら今、何をしたらいいのかな?と

確認と問題を投げかけてみました。


すると、ジブン達の食べたい物・買うべき物を挙げ出しました。


近隣のスーパーのチラシを参考にだいたいのものの値段の情報を集める。


各値段を足していくら必要なのか?

子どもたちは予算1,500円としました。

5人で1,500円集めるには一人いくら?

割り算は習ったところですが、4ケタや筆算はまだ学習していません。

すると、一人が当てずっぽうで「500円!」と言いました。(コレ大事)

「一人500円ずつ集めたら、5人で1,500円になるの?」と尋ねると、

少しして別のコが「いや、そんな要らん」

「300円!300円!」

こうして、お母さんから300円もらってきた子どもたち。(お母さんたちには先に主旨は説明済み)近所のスーパーへ走っていく。


わたしが到着した頃には、とうもろこし3本とキャベツを持ちきれない手で、「カート、カートがいる!」と5人。

普通、買い物はカゴなりカートがいるからね。
おそらく、まっすぐ売り場に走っていったんだね😅と男子の行動をまたも知ることに。

買い物リストにあるものを全てカゴに入れたところで、1人が
「お菓子買おう~!」と言うと、他3人も「それイイね~!」と言わんばかりにお菓子売り場に移動する一行。

またまた、え~っ?!と思っていると、しっかりもののコが「オイ、お菓子買う予定になってないから買えんぞ!」と。

そこで買える、買えない攻防が始まり、
じゃあ一回カゴの中がいくらなのか計算してみようと、しっかり君が言いました。
再び売り場に引き返して、選んだモノの値段を足していくと、もはやお菓子を買う余裕がないことに一同納得。

こうしてようやくレジに並んだのですが、消費税もあって予算の1,500円をちょっぴり越えてしまったのです。

一瞬し~んとなりました。あれ?この状況飲み込めてる?
「・・お金、たりないね・・どうする?」

すると、その場でトウモロコシ1本をやめたらいいと主張する子と、予定より多いウインナーを一袋やめたらいい子の攻防戦が始まりました。

店員さんも子どもたちに協力してくれ、トウモロコシ1本やめた場合の代金を表示してくれましたが、意見はまとまりません。

ココで、「意見をまとめるために一旦この場を離れましょう」と提案。


しっかり君が、トウモロコシは予定通りであり、ウインナーは予定より多いこと。またトウモロコシ1本よりウインナーをやめた方がお菓子を買える確率が上がると説明すると、みんなあっさり

「ウインナー返してこよう~」と賛同。

わかりやすい男子たちです(笑)


買ったものは、固いもの重い物から先に袋へ入れるんだそうです。


お釣りを手に再びお菓子売り場へ→→→

スナック菓子か?飴かで主張し合った結果、いろんな味で楽しめる飴にまとまり、3度目のレジ。

帰ってきて野菜切ったりするのかな~と思ったら、買った物はテーブルに置いたまま、ボードゲーム!


ゲームが4人までしかできなかったので?一人はトウモロコシの皮むきに挑戦!


一枚ずつ皮を剥いでいたら「ぎゃ~、この髪の毛みたいなんなんとかして~っ!」と大騒ぎ。

ヒゲと実の関係を話して聞かせました。

普段はお母さんがしてくれていることもジブンたちですることにより、野菜のつくりを知ることにつながったり、トウモロコシってジブンで切ろうと思ったらすごく硬いことに気づいたりできます。


こうして、ボードゲームが終わったあと、一旦習い事へ行った仲間と4時過ぎに合流して、なんとかありつけたのでした。

今回、火おこしは大人がしたけど、
次回またできるようであれば火の仕事も大人が付き添いながら子どもたちに任せても良さそうだと感じました。

一つのテーマにそって、ゆっくりあるいは突進して動いていく子どもたち。
それぞれの得意を生かして、上手く計画が運ぶよう一人ひとりができることに真面目に取り組んでいました。

問題が発生しても、意見を言い合ったり、なるほど!と皆を納得させたり、予定にないものを買ったり、それでもみな満足で。
紆余曲折ありながらも5人なりの終着を迎えることができたのだと感じました。


こんなふうにチームで何かを成し遂げる経験をたくさん積ませてあげたいなぁと思うのです。


チームラボの代表猪子さんが言われていた、

現状の教育は宿題、テストも個人で行い、受験も個人で評価される。つまり個人プレイは徹底的に叩き込まれる。さらに、学校の後は、スマホに夢中。
しかし、社会では、チームでクリエイティブな成果を出すことを求められている。
共同的で創造的な体験、つまり、「共創(きょうそう)」の体験が楽しいことを知ることが、
今の子どもたちにとってもっとも大事。



には、とても共感しました。

「競争」ではなく「共創」の体験を積んで大きくなってほしいのです。




花火とジュースの差し入れに喜ぶ子どもたち。
幸せな子どもたちです。
















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小学3年生たち 育ち合い :: 2015/04/22(Wed)



わが家の第3子まっくすは小学3年生になりました。


わたしが家で仕事をしていることもあり、
友達を家に連れてくる事はうんと少なくなりましたが、
久しぶりに昨日男の子4人を引き連れて帰ってきました。
同じ学年ですから、ほとんど8歳の子たちです。


リボンクラブ後の時間に部屋であそびたいという事でしたから、
わたしは隣の部屋で洗濯物をたたんだりしながらどんな様子なのか時折耳をそばだてて伺っていました。


まっくすは引き出しからお菓子を出したり、冷蔵庫からジュースや人数分のコップを用意し、味のお伺いを立てるなどホストらしい振る舞い。
きっとお友だちのお家でもそのようにしてもらっているのでしょう。
社会的な関わりができるようです。


その5人の男のコ集団は、各々帰宅時間を確認し合っていました。

「オレ5時半」「オレ6時まで」といった具合に。

そして5時半になる頃、「おい、5時半やで!」
きっと6時に帰るコが気付いて教えてあげてるんだと思います。

「あ、ホンマや!おれ、帰るわ」と帰るコ。



おそらくボードゲームであそんでいたのだろうと思いますが、別のコが違うのを出したのでしょう。

「オイ、それも出したら片付けるの大変やで!」


「片付けるの大変やから、やめておこう」

などなど。以前来たときは、足の踏み場もない程の散らかりようでしたが(笑)、
こうしたらどうなるかの予測を持って行動できるようになっていました。

一人や二人では気付かなかったかもしれないことも、ちょっとした小グループだと、誰かしっかり者がいて、教え合ったりして助け合ってあそんでいるんだな~と感心しました。


こんな中で子どもたちは社会的な言葉の選び方・使い方やコミュニケーション能力を身につけたり、知恵を出し合って問題を解決したり、
相手の良さを知り尊敬したりして大きくなっていくようです。

これは、どんなに親が代わって子どもに身につけさせてあげれないこと。
ありがたいなぁと思います。


これから9歳、10歳とギャングエイジと呼ばれる年齢になりますから、交友関係も次第に変化が生じ、思い悩むことがあるかもしれないけど、しっかり踏ん張って生きていけるよう子どもたちの成長を応援したいと願っています。


それにしても、リボンクラブの部屋でお友だちの一人が
「なぁ、まっくす。オマエ理科が好きなん?」と尋ねていました。


どうしてそのようなことを尋ねたのかはわかりませんが、
小学3年生がリボンクラブの空間に理科的要素を感じてくれたのは嬉しいことです。


リボンクラブの対象は乳幼児なのですが、
丸っこい動物を貼った壁装飾のキッズルームみたいにしたくはないのです。(わたしはアレを見るたび、子どもの美的感覚をバカにしてるな、と嫌気がさします。)
わかりにくいかもしれませんが、「子ども向け」はイヤなんです。


大人が見てカッコイイ、斬新、美しいと感じられ、
あそび(まなび)の好奇心に火がつくような、
それでいて創造的で
ドキドキワクワクするような空間を目指していますから!








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まっくす1年生の描画から :: 2014/04/22(Tue)

久しぶりにわが家の第3子まっくすについて記しておこうと思います。
(ホントは春休み期間中に記事にしたかったのですが…>_<…)

今春2年生になりました。

1 年生の終わりに学校から持ち帰った作品の中から「人物」が描かれたものを集めてみました。


小学校に入学して最初の描画「自画像」。1年間中後ろの壁にクラス全員の自画像が貼ってありました。

輪郭、目・鼻・口・耳ふさわしい場所に描いています。特に目は回りを囲むようにまつ毛まで描かれています。よく観察しています。


跳び箱と自分だそうです。


全身が描かれています。
このときの顔は簡素化されています。
腕はまだ出現しておらず、手が胴体から出ています。指を5本描こうとすると、はじめは鳥の翼のようになります。

fc2blog_2012122123390156e.jpg
これは1年前の年長さんのときの画です。
全身が線(棒)で表現されていました。

このときからすると、かなり丸みを帯び人間に近づきました。

(上の画は気に入っていました。人間をあのように描くのはまっくすならではと感じられるからです。
だから、「人間はこう描くのよ」と教えることはしませんでした)



1年生の冬でしょうか。カルタ作りをしたそうです。


「腕」の出現!
5本の指もかなりスマートになってきました。
口には「舌」も見えます。
だいぶん自分の身体について客観的に見れるようになってきたのがわかります。


以上は、学校で描いたものですから、
お友だちの描いたものに影響を受けたり、先生のサポートがあったかもしれません。


下の絵は2月頃、家で描いた「ママ」です。

なんと、このとき着ていた服を忠実に再現しています。
編み目の見えるグレーのセーターに、緑色のズボン。

顔のホクロの位置(左側にあります)や、唇を上下に分けて描くなど詳細にわたり観察しています。

スキーの絵のときからしてもより細かく捉えられるようになっています。

胴体は始め顔の下に四角を付けて描き、
「いいや、四角ではない、首があるのだ」と首の存在に気づいた描き方が伝わってきます。


上のような人物画は、長女や次女は年中児のとき描いていますから、こどもは一律同じで発達していくのではなく、個人により違うものなのだということです。

この子が描けたのだから、あなたも描けるだろう。
あるいは、こんなに簡単だから描けるはずだと考えるのは、こどもにとっては実に乱暴なことなのです。

こどもの描画において大切なのは、「上手・下手」で見るのではないということ。
描く能力を早く獲得させることにあるのではなく、きちんと段階を踏ませること。

焦らず、その時期が来るのを待ってやること。

遅れることは大して問題ではなく、
段階をじゅうぶん全うすることなく急かして通り過ぎてしまうことにあります。

このことは、「描画」だけではなく、
こどもの健やかな発達全てにおいて共通していることです。

そのことをまっくすの「描画」が教えてくれています。




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調査捕鯨中止のニュースに :: 2014/04/03(Thu)


国際司法裁判所の決定で日本の次期調査捕鯨を見送ることになりましたね。

そのニュースをまっくすと見ていて、
クジラの映像に興味を持って見入ってましたから、その機会にニュースをわかりやすく聞かせました。


日本は昔から、クジラを食用や楽器の材料として使うなどの文化があること。

ママたちが小学生の頃は、学校給食にも献立にあり、美味しくて人気があったこと。

私たちは他種のいのちをいただいて生きているのだということ。

世界中には、牛や豚はよくても、クジラはかわいそうと考える人たちがいて、
過激な活動をしていること。

そういう人たちには、クジラをとる日本人は野蛮な国民だと思われているなど、
日本の文化は世界中で理解されているわけではないということ。

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わたしはまっくすが幼稚園に通っていた頃から引き続き、小学校になった現在も
読み聞かせボランティアを続けています。

以前、友人と『ある精肉店のはなし』という大阪堺市で生産から精肉までを通して行うやり方のと畜場が昨年取り壊されることになるまでのドキュメンタリー映画を観ました。


牛の眉間あたりに衝撃を与えて崩れ落ち、すぐさま皮を剥がれ手早くさばかれ、丁寧に枝肉にされる様子に
心臓を掴まれるような緊張と、その仕事に従事している人たちのイキイキとした人間らしさ、まさに私たちはこうやって今日も生きているのだと痛感したのでした。(上映期間が短く、こどもと観ることはできませんでしたが、機会があればぜひ見せたい映画です。)


目の前で見ることもなく、自分の手で動物をしめることもしないでスーパーに並ぶものを買うのが日常の私たちの生活からは想像もできない光景でしたが、

映画を見ていないこどもたちにも、なんとか伝えたい、何か感じてもらいたい気持ちで、
1年生には少し難しいかもしれないと思いながらも、『いのちをいただく~みいちゃんがお肉になる日~』(講談社出版 著 坂本義喜)を1年生最後の読み聞かせの日の本に選びました。


生きることや食べることや職業感について1年生なりに感じるものがあっただろうと思われます。

その前には、『ザ・コーブ』という和歌山県太地町のイルカ漁を過激な保護団体側からの一方的な見地で制作された映画もみたことがあります。
(これは、こどもには見せたくありません)

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おりに触れ、そのような機会を共有しているので、

そのニュースのだいたいの意味を知ったまっくすは、

牛や豚は食べるのに、クジラはあかんて
へんや。そんなん、おかしい。おんなじなのに。
『いのちをいただく』知らんのかな?

と言いました。


1年生でもきちんと自分の意見を持ち、表現できる。

安心しました。


日本という国をアイデンティティとして持つこどもたち。

日本の食や文化を世界の圧力に屈することなく発信していく強さが必要です。

世界会議の中に日本人がいないと、不利に働きかねない現状はスポーツの分野など他にもありますよね。


この問題は、単に捕鯨中止だけではない日本人の主張や納得させる力がなかったことなのか
そのうち企業も淘汰され日本固有のものがなくなる危うさも含んでいるような気がします。







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触覚過敏 :: 2013/11/20(Wed)

寒くなると顕著に現れるまっくすの触覚過敏について記しておこうと思います。


まっくすは、この時期になると着る物によっては不快感があり、着れるものが偏っています。

まず、首や手首、足首に触る服はダメなようです。
着てみて、首をぐるぐる回して違和感を感じると泣きそうな顔になります。
足首にあたる長いズボンもかなり捲り上げてます。
「首」は敏感な部分なんですね!

ですから、ハイネックや襟が立った服、パーカーもその重み?背中の感触?がダメです。

縫い目やタグも不快、ピッタリ体に沿うようなのもダメだし、

かといって、ジャージのような体に触れないようなダボッとした服も、その余分な布の集まりが脇に触れるのも不快。

ウールのセーターはもちろん着たことはありません。
ザラザラする、とかゴワゴワする~と言ってトレーナーも着ません。

重ね着もムリ。


じゃあ、一体何が着れるの?


と、たくさん服の並んだ引き出しを見つめ・・

そんなこんなで、この時期は学校に送り出すまで5,6着は着たり、脱いだりを繰り返しますので、

「行ってきます」と玄関で見送る後ろ姿に、ホッとするのです。


夏はよかったな~。Tシャツに半ズボンで。


まっくすは、不快な服を着るくらいなら、寒くてもTシャツ・半ズボンがいいようで、どうしても長袖が着れない時はこの寒さの中たまに半袖で行く日もあります。

見る人に「寒そう~」と思われることはあるでしょうが、
迷惑にはならないので、まぁしょうがないか!と思っています。


以前はまっくすの持つこの感覚を、私が知らなかったので、
なんとか温かい服を着せたいという親心からイライラしてしまうことがありました。

つい先日も、着てみては脱いだりを繰り返し、もう着るものがなくなって、
「もう、今日はコレでいいやん!」と言ったわたしに、

まっくすが泣きながら、
「なんでママはこのざらざらがわからんの?」
と言われました。


これまでだったら、言葉にできず、泣いて大荒れだったのが、

人に共感を求めるよう自分の気持ちを表せるようになっていて、その言葉が胸に刺さりました。

「そうだね。ザラザラしたのは着れんね。まっくすが安心できるのがいいね。」

まっくすの感じる不快感を認め、とことん向き合っていく必要があることを
冬になると思い出すのです。


いつから顕著に現れはじめたかな~?とさかのぼってみると、

幼稚園の年少クラスのときは、麦わら帽子が被れず、制服の首回りが痛いと言って着ず、斜めがけ鞄も首に触るのが不快でした。
園に相談して、着ないでもよくして下さり助かりました。

引越して年中さんのときは、制服のない幼稚園でしたが靴下が履けなくて、
積み木あそびのときに足を守るために履くよう園から促されましたが、これも
履けたり、履かなかったり。
そのため、靴下が行方不明になることもしばしば。
週に一度ある体操の日のジャージも、上は着れない時があり長袖Tシャツでした。


年長のときも相変わらず、薄着・裸足でした。
卒園式のスーツはよく着れたものだと労ってあげたいくらいでした。
直後の謝恩会では解放されたのか?
途中でスーツもカッターシャツも脱ぎ捨て、肌着で過ごしました。
みなさん、お行儀が悪いように思われたらごめんなさい。今更ですが。


彼のお気に入りは、UNIQLOのフリース素材の服です。これは、いつ着ても1回ですんなりおさまるので、今日は
まっくすが帰ってきたら一緒にUNIQLOに行ってきます♪


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