あそびのアトリエ リボンクラブ大阪池田ルーム(旧ママりす日記)





「だす」「入れる」が楽しいとき :: 2016/09/08(Thu)


先日1歳のお誕生日を迎えたばかりの☆ちゃん。

テーブルでお腹を支えて二足姿勢になります。
「立つ」とハイハイの姿勢からでは見えないこの世の中をより知ることができます。


写真は蜜蝋クレヨンを手にしたので、紙を差し出したところですが、
☆ちゃんはクレヨンを把握して容器から出す→ 手を離す(下へ落とすことも)
出したクレヨンを掴み→ 容器へ入れることに懸命でした。

入れること、出すこと、


私たちにはなんの新鮮さも面白さも感じられない単純な、ともすれば注目することなく見過ごされてしまうようなごくごく小さな出来事ですが、
こんなに注意を持続できるなんて素晴らしいですよね。
私たちにもきっとこんな時期があったんです!

☆ちゃんの身の周りに、安全で把握しやすいモノと容器がいくつかあると良さそうですね。

こどもが一人で集中してあそんでいるときは、
近づいたり、話しかけないで
その動きや表情を見守るくらいがちょうど良さそうです。



機嫌よく、モノやわたしと関わる力がしっかりしてそうなので、
お母さんには☆ちゃんと距離をおいて部屋の端まで移動してもらいました。

お気に入りの「たくさんのカード」を出したり、広げたりして、触覚の違いを楽しんだり、「たくさん」を感じているのかもしれません。


好きなことをして、お母さんが常に視野に入っていなくても〝一人でいる力〝が備わっているようです。



まだまだお口で情報を取り入れる時期。
誤飲には気をつけなければなりません。



この日、わずかな時間でしたが、
なんの支えもなく一人で立っている姿を見ました。


次回お会いするときには、一人で立つことができているかもしれませんね。


☆ちゃん、どうぞよろしくお願いします!




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comment

1歳のお誕生日のころですかぁ~・・・・。
感動的なシーンです。

私たちは自分自身のこのころのことを思い出すことはできません。
でも、この時代があって今があるのでしょうね。

移動の手段としてはハイハイから二足歩行に移行します。視野が拡大し、見るものが新鮮に感じられてくるでしょうね。そして、大地に立って歩けること、これははじめて自転車に乗れるようになったり、自動車を運転できるようになったときの喜びに比べても、遥かに大きいように思います。記憶していないので実感はできないのですが・・・。

探索的な活動は、口唇的な活動から→感覚運動的な活動へと移行します。

ブロッククレヨンを握っている親指と人差し指が対向していますが、これがチンパンジーにはできないようですね。手のひらの親指と人差し指が対向することで、以後「モノの操作」が上手にできるようになります。

そしてモノの操作は、「人間の思考」と結びついてくるようです。

1歳前後の赤ちゃんは「前・言語期」の人間ですが、問題解決をする能力はあります。たとえば、クネクネバーンのような車が軌道を通って落下してくるおもちゃがありますが、一番下まで落下した車を、始めの地点に置くことができます。

こうしたら(車を上に置いたら)、同じことが起こるということを直感的に理解できるのでしょうね。

ロシアのヴィゴッツキー(子どものあそびをはじめて科学的に研究した人で、ピアジェ批判をしました。ヴィゴッツキーは民族歴史学者として個体発生の背景として系統発生を視野に入れていました。ピアジェは生物学者として、純粋に目の前の子どもを観察しました。二人は互いに尊敬していたと言われています)は、系統発生的に見ても、思考の歴史と言葉の歴史は違うと考えていました。

なんだかムツカシソーな話になってきましたが、どういうことかというと、

赤ちゃんの成長の中でも、「思考の流れ」と「言語の流れ」は違ったルートを持っていて、おおよそ2才で合流すると考えていました。
二語文を話し始めるころですね。以後純粋に「言語のみで思考できる」のは思春期ころからだということです。ピアジェ理論では形式的操作期に相応します。

ケンカする割には二人とも同時代に同じようなことを考えていたようです。もしかしたら、同じようなことを考えていたからケンカしたのかも知れませんね。おおよそ100年くらい前の話です。

同じころの時代に台頭してきた行動主義心理学では、赤ちゃんは外からの刺激によって賢くすることができると考えたようです。

しかし、ヴィゴッツキーもピアジェもそんな風には考えていません。「自然発生的概念」という言葉があるのですが、赤ちゃんは何らかの規則性に従いながら、経験を材料にしながら成長していくと考えました。彼らが研究したのはそのシステムと変容の仕方です。

ヴィゴッツキーは教育心理学者でもあったので、自然発生的概念と科学的概念を結びつけるにはどうしたらよいのか?

要するに、たくさんあそんでいろいろのことを雑多に身につけた子どもたちを、真に勉強の好きな子どもにするにはどうすればいいか、どういうアイデアがあるのか?ということです。

それが「最近接領域」というテーマで、その命題を残したまま38歳で他界しました。

面白いことに、ピアジェは生物学者らしく時期が来るまで待つ、勉強をはじめるのはおおよそ7歳、具体的操作期にはいってからとシンプルに考えていたようです。

よく分からないのですが、大阪では「早く勉強させた方が得をする?賢くなる?」と考えているママたちがまだまだ多いと聞きますが、それは教科から子どもを見ようとするからかも知れません。

もしそんなところから、子どもを見ていたら、子どもの日々の小さな成長を感動を持って向かえることはできなくなるでしょうね。そんな気がします。


さて今日のテーマは「出す、入れるが、楽しいとき」でした。

口唇期から感覚運動期に移行すると何が起きるのか?

一つには「ヤッター」という報酬系の流れが起きてくるようです。実際には「ヤッター」とは言いませんが、両手を叩いて喜びを表すようになります。現在積み木を両手に持たせるとパチパチ叩いて得意そうにしていませんか?

もし、両手を叩いて得意そうにしていたら、赤ちゃんが何かを発見したり、達成した時です。

感覚運動期のはじめに出現するのが「視線の共有」です。視力が発達してきて、遠くのモノや近くのモノに焦点を合わせることが上手になってきたのでしょう。人差し指を伸ばして「あれなーに?」と尋ねたり、「あれとって」と要求できるようになります。

そして、モノを操作することで「思考」することができ、バラバラになったブロッククレヨンを、拾ってキチンともとに収納することもできるようになるでしょう(2歳くらい)。

ヴィゴッツキーによると、2歳くらいで「思考」に「言葉」が合流してくるということです。楽しみですね。動詞が使えるようになった頃です。


ただし初期の思考形式は「行き当たりばったりに、なんでも当てはめようとするレベル」ということですから、危険には注意してくださいね。

1歳でブロッククレヨンの「出す、入る」に注意を向けられるということは、今までの子育てがおおむね良好であったことの証とも言えます。

ママの今までの苦労も報われますね。
  1. 2016/09/11(Sun) 12:31:54 |
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