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つみき


5歳になった年中さんのお二人さん。

単純なルールのゲームなら、大人がいなくてもこどもだけで進めていくことができます。


わたしがカプラでおうちを作ると、
「わたしもつくりたーい!」と言って、モデルをよく見て作ることができます。

とっても真剣!

集中して作っているときはあまりおしゃべりもしません。(もちろん、静かに作りなさいとも言ってません)

「どうなってるの?」
見る視点、角度を変えて目と指で宙を数えるようにしてカプラの数を対応させていました。
実際にくっつけて数えなくても、宙をなぞるだけでシールを貼ったように頭の中で印を付けていくことができるんですね。

こういう経験が、
学童期に指を使わないでたし算や引き算をしたり、筆算のとき繰り上がりを書かなくても頭の中で一旦記憶の作業台にのせてとどまらせておくことができることの原体験であるかもしれませんね。


高く積み上げていくと、大人が思っている以上に緊張するようです。
その証拠に、完成するとホッとしてお母さんにくっついて開放される姿も見られました。

がんばったんだね
お母さんが寄り添います。

お母さんが側で見守ってくれていて良かったね。
嬉しいね。



この日はニキーチンの積み木にも挑戦!

斜め2コ、4コ入りのモデルに苦戦。


4コ入りのモデルは大変難しく、集中力も限界に近づいていましたので、
これまでの頑張りを認め終わりの時間を伝えました。


しかし、難しいと感じているにもかかわらず「やめたくない」意思をみせました。
あきらめたくない!
そう言っているようです。
これには側にいる大人はビックリです!

そこでお母さんには完成するまで時間を許してもらい、見事納得いく仕上がりに満足して帰りました。


その間、黙々と机上で先ほどのカプラのおうちを建てる小さな建築士さんは
経験を重ねるうちに慣れた手つきで何軒も完成させていたことにも大変驚きました。

この1ミリを微調整する経験が、
今のこどもたちの生活やあそびの中でどれだけあるのかわかりませんが、

ジブンの指先を使って得られる達成感や満足感、
ジブンってスゴい!
そんな経験をたくさん積んでほしいと願っています。





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コメント

「この1ミリを微調整する経験が、今の子どもたちの生活やあそびの中でどれだけあるのか知りませんが・・・」

「1ミリの微調整」は注意が集中される中で可能なのでしょうね。

早期教育の塾では、一般的にこういう所には注意を向けないでしょう。外からの刺激に対して、何らかの反応を身につけていくことに関心が向けられているように思います。

何を信じるかは人それぞれですから、とやかく言うことはできませんが、私たちリボンクラブでは、子どもが自力で成長していく姿に、焦点をあてていきたいと思いますね。

「自覚と制御」という言葉があります。

幼年時代は、概ね「無自覚と制御」という段階だと思います。これが、学童期に移って年齢を重ねるにしたがって「自覚と制御」を身につけていくようです。

どういうことかというと、例えば母語は無自覚に覚えていきます。中学生に「ニホン語はどのようにして覚えましたか?」と聞いても答えられないでしょう。答えたとしても「自然に覚えた」としか言いようがないと思います。

ところで「国語はどのようにして身につけましたか?」と聞かれたら「教科書や先生に指導してもらって身につけました」と答えることができるかもしれません。国語は自然に身につけることはできないからです。

話し言葉は自然に覚えて操作することができるようになりますが、書き言葉は練習をして身につけていきます。

このあたりに「無自覚と制御」と「自覚と制御」の違いがあるようです。

「1ミリの微調整」は、ここでは「微細な運動の調整」という意味合いが強いと思いますが、中学生くらいになって作文を書こうとするときには「微細な概念(言葉)の調整」が必要とされてくるでしょう。

とくに手紙のようなものではなく、誰が読むのか分からないような「記事のような文章」を書くとしたら、それぞれの概念(言葉)の調整をしながら、記述していかなければならないと思います。

このあたりを支えているのが「自覚と制御」という働きかも知れません。発達は一足飛びに行くのではなく、順序もありますし、時間も必要とするようです。

5歳のお譲ちゃんの「1ミリの制御」が、どのような道筋を通って「自覚と制御」という段階にたどり着くのか?興味深い問題です。

「自然に成長していく領域があって、その領域を基盤にしながら自覚して成長していく領域が継ぎ足されていくのだ」ということを発見したのがヴィゴッツキーです。

これが、自然発生的概念から科学的概念へというテーマでした。

ヴィゴッツキーの活躍した1920~30年ころは、行動主義心理学の隆盛期だったようですが、ヴィゴッツキー自身は行動主義の考え方を不十分だと考えていたようです。

このあたりの論争になるとジジにもなにがなんだか?分からなくなるのですが、

ピアジェもヴィゴッツキーも、子どもの自然発生的概念に焦点をあてていたということは共通しています。

そして行動主義は子どものこの領域を「科学の領域に入らないもの」として無視したようです。

ジジが出会った「早期教育しているママたち」にも同じようなところがあります。子どもの自然な発達に目を向けないで、メソッドの効果に価値をおいていました。

ジジがなぜこんなことをクドクド言うかというと、リボンクラブのママたちには
せめて子どもの自然な発達に目を向けて欲しいからです。

それは、幻想でも何でもありませんよ。

子どもたちは将来の自分にとって今必要なことをしていくのです。

ヴィゴッツキーは、障がい児教育の専門家でもありました。

彼の考え方は「障がい児は、同年の健常児より少ししか発達しないのではなく、
彼自身の発達の仕方をする」ということだったようです。

「一人一人は違うということ」この考え方を身につけていきたいですね。











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プロフィール

ジェリー

Author:ジェリー
自身の子育て中、夫の赴任先の熊本県で【あそびのアトリエリボンクラブ】に出会う。赤ちゃんの発達やあそびの重要性と赤ちゃんとモノ・ヒトの関わりに興味を持つ。【あそびの心理研究所】所属。あそびのアトリエ開設講座を受講。赤ちゃん学会会員。
2013年大阪池田ルームを開設。2019年大阪枚方市に場所を移し、ひらかたルームに名称変更。22歳・19歳・13歳の子どもの母。

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