あそびのアトリエ リボンクラブ大阪池田ルーム(旧ママりす日記)





ママたちへのメッセージ :: 2016/09/23(Fri)

前回の記事にジジさんからコメントをいただいたので、改めてこちらでご紹介。


「この1ミリを微調整する経験が、今の子どもたちの生活やあそびの中でどれだけあるのか知りませんが・・・」

「1ミリの微調整」は注意が集中される中で可能なのでしょうね。

早期教育の塾では、一般的にこういう所には注意を向けないでしょう。外からの刺激に対して、何らかの反応を身につけていくことに関心が向けられているように思います。

何を信じるかは人それぞれですから、とやかく言うことはできませんが、私たちリボンクラブでは、子どもが自力で成長していく姿に、焦点をあてていきたいと思いますね。

「自覚と制御」という言葉があります。

幼年時代は、概ね「無自覚と制御」という段階だと思います。これが、学童期に移って年齢を重ねるにしたがって「自覚と制御」を身につけていくようです。

どういうことかというと、例えば母語は無自覚に覚えていきます。中学生に「ニホン語はどのようにして覚えましたか?」と聞いても答えられないでしょう。答えたとしても「自然に覚えた」としか言いようがないと思います。

ところで「国語はどのようにして身につけましたか?」と聞かれたら「教科書や先生に指導してもらって身につけました」と答えることができるかもしれません。国語は自然に身につけることはできないからです。

話し言葉は自然に覚えて操作することができるようになりますが、書き言葉は練習をして身につけていきます。

このあたりに「無自覚と制御」と「自覚と制御」の違いがあるようです。

「1ミリの微調整」は、ここでは「微細な運動の調整」という意味合いが強いと思いますが、中学生くらいになって作文を書こうとするときには「微細な概念(言葉)の調整」が必要とされてくるでしょう。

とくに手紙のようなものではなく、誰が読むのか分からないような「記事のような文章」を書くとしたら、それぞれの概念(言葉)の調整をしながら、記述していかなければならないと思います。

このあたりを支えているのが「自覚と制御」という働きかも知れません。発達は一足飛びに行くのではなく、順序もありますし、時間も必要とするようです。

5歳のお譲ちゃんの「1ミリの制御」が、どのような道筋を通って「自覚と制御」という段階にたどり着くのか?興味深い問題です。

「自然に成長していく領域があって、その領域を基盤にしながら自覚して成長していく領域が継ぎ足されていくのだ」ということを発見したのがヴィゴッツキーです。

これが、自然発生的概念から科学的概念へというテーマでした。

ヴィゴッツキーの活躍した1920~30年ころは、行動主義心理学の隆盛期だったようですが、ヴィゴッツキー自身は行動主義の考え方を不十分だと考えていたようです。

このあたりの論争になるとジジにもなにがなんだか?分からなくなるのですが、

ピアジェもヴィゴッツキーも、子どもの自然発生的概念に焦点をあてていたということは共通しています。

そして行動主義は子どものこの領域を「科学の領域に入らないもの」として無視したようです。

ジジが出会った「早期教育しているママたち」にも同じようなところがあります。子どもの自然な発達に目を向けないで、メソッドの効果に価値をおいていました。

ジジがなぜこんなことをクドクド言うかというと、リボンクラブのママたちには
せめて子どもの自然な発達に目を向けて欲しいからです。

それは、幻想でも何でもありませんよ。

子どもたちは将来の自分にとって今必要なことをしていくのです。

ヴィゴッツキーは、障がい児教育の専門家でもありました。

彼の考え方は「障がい児は、同年の健常児より少ししか発達しないのではなく、
彼自身の発達の仕方をする」ということだったようです。

「一人一人は違うということ」この考え方を身につけていきたいですね。



わたしは、ジジさんのように論理的にママたちへメッセージを送ることはできないでいますが、
こちらを読んでいただくと、

そうか、ジェリーさんが言ってたのはこうゆうことか!とご理解いただけることと思います。


幸い、拙いわたしのメッセージからも
何かを感じ取って実践されているママたちがいます。

それは、子どものあそぶ様子や話すことから見えてきますし、

ママたちの家庭でのエピソードを聞いているときに、その出来事に対してどう見て感じているのか伝わってくるのです。


そうすると、たとえこどもがなにがしかの事情を抱えていたとしても、
スーッと発達の軌道にのっていくのがわかるのです。


こどもを変えようとしないで、わたしたちが学ぶこと。


どこかの誰かに言われた根拠のない不安材料に惑わされることなく目の前のこどもを信頼して、

二度とかえらない貴重な瞬間を見逃すことなく子育てしたいものですね。










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昨日、赤ちゃん学研究センターの小西行朗教授と埼玉大学名誉教授の志村洋子先生に来ていただいてお話をしていただきました。

小西先生のテーマは「科学と赤ちゃん」
志村先生のテーマは「赤ちゃんが音楽を好きなわけ」です。

小西先生のライフワークは「胎内の赤ちゃんの活動」と「自閉症児についての研究のようです。
志村先生は、東京芸大の声楽家を卒業されているそうですが「野生の哺乳類の赤ちゃんは静寂を好むのに対して、人の赤ちゃんはなぜ?音声のメロディーを好むのか?」のようです。

二人の共通するところは「赤ちゃん観」です。

要するに赤ちゃんは「受動的ではなく、能動的な存在」だということです。

それに対してのアプローチは「共鳴すること」

自閉症児に対しては、ノンバーバルなコミニュケーションで共鳴すること、赤ちゃんには、赤ちゃんのバブリングに対して共鳴すること・。

つまり私たちは「子どもを教育することではなく、子どもに共鳴すること」ここが基本ということです。

今回の講演のテーマは「保育と科学」で、聞き手は、80名の保育士、主任、園長先生でした。

講演後の先生たちの感想は「科学と言われると難しいと思っていたけど、面白かった」ということと、「赤ちゃんにピアノは必要でないといわれて、目からうろこ・・・、」ということでした。

はしょりすぎて、しっかり伝えられないのですが、面白かったです。

「赤ちゃんとは何か?」このテーマは、「私たちとは何か?」に影響を与えてきます。

まだ遅くはない・・・。

ジジも頑張ります。みんなでいっしょに学んでいきましょう。



  1. 2016/09/25(Sun) 22:17:57 |
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  3. ジジより #-
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