あそびのアトリエ リボンクラブ大阪池田ルーム(旧ママりす日記)





小さなハプニング :: 2016/10/28(Fri)


プラステンを差し出すと、リングを一つずつ外していく☆ちゃん(1歳1ヶ月)。




アンカー社の石積み木を積む○ちゃん(1歳10ヶ月)。

この日は聴診器を手にあんよで来ましたよ!
小さな女医さんですね。



入れ子のおもちゃを逆さにして出すことができます。


たっちができる☆ちゃんの移動手段はハイハイ。

絵本を手にしてママに渡します。
「ママ、読んでね」と言ったとこでしょうか。

ママの優しい声が聞こえると嬉しくて安心します。ママの声を栄養にして、再び探索の旅に出かけていきます。


フラワーチェーンを首に腕にかけておめかし。

カメラを向けるとポーズをとってくれるモデルさんにもなります。


この日、二人は初対面。
知らない人が同じ空間にいても、不安や緊張に包まれることなく受け入れているようでした。
並行あそびですが、お互いちゃんと視野に入っているようです。


接近する場面もありました。
そのとき、○ちゃんの持ったおもちゃが振り向きざまに☆ちゃんの顔にあたるハプニングが起こりました!


突然の出来事に驚きと痛みで泣き出す☆ちゃん。
かたや、何が起こったのかわからないけど、大きな泣き声に不安な面持ちで見つめる○ちゃん。

その後、どうするのか見ていると
手に持っているおもちゃを☆ちゃんに渡そうと手を伸ばす○ちゃん。

泣きながらも、ゆっくりと踵を返してママへ避難する☆ちゃん。
そうして、2,3分抱っこされていたでしょうか。

非常事態に避難する場所があり安心すると、再び元気に探索に出かけていきました。

それにしても、ただならぬ状況を察してか持っているおもちゃを差し出すという解決を図ろうとした○ちゃん。すごいですよね~!
この場をどうにかしたいと思った訳でしょう。


こんな素晴らしいシーンに遭遇できたのも、
二人のママが、こどもがどんなことを考えて行動するかを見守ったていたからでしょう。

☆ちゃんのママが即座に抱き上げてしまっていたら?
○ちゃんのママが体裁を繕うため叱っていたとしたら?
(公園や子育て広場のようなところではよく見かけるシーンですね)


二人の1歳児さん。
立派に育っていると思いませんか~?







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comment

「二人の1歳児さん、立派に育っていると思いませんか?」

思いますね。

それにしても偶然だと思いますが、1歳1か月の☆ちゃんと1歳10か月の○ちゃんの行動の違いが対比されていて面白いと思いました。

繰り返しになりますが、誕生から6か月までの仰向けの時代、6か月から12カ月までのうつ伏せの時代、そして1歳からの直立歩行の時代という表現をしてきましたが、1歳10か月で象徴の時代に参入してますね。

象徴の時代は「見立ての時代」と言い換えて良いと思いますが、AをBで表すことです。

ここでは、聴診器を手にして女医のツモリ・・・・。
フラワーチェーンを首、腕にしてママのツモリ・・・。
カメラを向けられるとモデルのツモリ・・・・。

身体と道具を使って、ジブン(A)を女医・ママ・モデル(B)で表しています。

まだ「ジブンと言う自覚」が芽生えていないにも関わらず、どうしてこのようなことができるようになるのでしょうね?

算数的に表現すると、0,5=1/2 ということで少数を分数に変換することと同じ操作になります。もちろん記号のレベルは違いますが・・・。


1歳1か月の☆ちゃんは「プラステンのリングを外しています」「入れ子のおもちゃを逆さにして出すことができます」

こうして、モノとモノの関係を探していくのですね。二足歩行が可能になることで手に自由度が生まれます。こうしてモノを利用した探索が可能になるのでしょう。

その原動力は「目的を果たすこと」で、そのために手段を探します。これが、1歳さんの探索活動ですね。

3~4か月後には、プラステンのリングを外すだけではなく、入れることができるようになるでしょうし、もう少しすると入れ子を順番に挿入することもできるようになっているでしょう。

モノとモノの関係を探しながら「関係の系」を深め、広げていきます。

そして、ある日「AをBで表す」象徴の時代へと地平を広げていくのでしょうね。


ボールビーのアタッチメント理論では、「安全調整のシステムは、生後6か月から始まり、安心感を得られることで、高度に自律的な探索活動が保障される」ということでした。

ウィニコットの言葉に(1920年くらいだと思います)、「ひとりの赤ん坊はいない・・・」がありますが、アタッチメント理論を先駆ける発見だったのでしょうね・・・。

要するに「3歳くらいまでの子どものこころは、母と子どもの協同で創られる」ということでしょう。

そうして見ると、あまり早期の教育の外注は避けた方がいいのかも知れません。

それにしても、「ただならぬ状況を察してか、持っているおもちゃを差し出すという解決を図ろうとした○ちゃん・・・」

問題解決を図る手段として、おもちゃをさしだすという方法を思いついたとしたら・・・・?

おそらく「大人の考える思いつく」とは違うと思うのですが・・・・・・、「ジブンが泣いた時に、してもらった方法を、その場に適応した・・」のではないかと思いますが、いずれにしても興味深いできごとですね。

「教えることが教育ではない・・・」

少なくとも乳幼児期に限ってのことですが、あらためてそう思いました。

そして学童期では「学び方を教えることが」教育なのかもしれませんね。

ジジの守備範囲の外でのできごとですが・・・。





  1. 2016/10/29(Sat) 10:32:55 |
  2. URL |
  3. ジジ #-
  4. [ 編集 ]

ジェリーさんへ

本当にそう思います。
子育て支援の場では親が周囲に気を使い過ぎて、子どもの育ちや感情が見えなくなりがちですよね・・・とても残念に思います。少し待ってあげるだけで子どもは自分の感情をしっかり感じて、小さいながらにも自分で問題を解決しようとしている姿はリボンクラブでよくある光景ですよね。
ママに避難する行為もそうですし、お友達に自分のおもちゃを差し出す行為もそうですよね・・・大人が先走らないこと、子どもを信じて見守ること、失敗をしても大丈夫だということ、ごく普通に当たり前のことですが、とっても大事なことだと痛感する今日この頃です。
  1. 2016/10/31(Mon) 10:43:36 |
  2. URL |
  3. レオ #-
  4. [ 編集 ]

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