あそびのアトリエ リボンクラブ大阪池田ルーム(旧ママりす日記)





続・レッジョ・エミリアの保育実践 :: 2013/08/02(Fri)

前回の続きです


レッジョでは、記録で保育を可視化するといいます(ドキュメンテーション)

こどもがつぶやいたことをメモにとったり、

文字や図、写真で子どもの記録をとるのです

それは、保育の場でありがちな
「こんなんしました~」の行事型の類ではなく、

こども一人、二人または数人でのあそびに注目し、環境にどのようにはたらきかけているのかを見るのです

場面を共有し、子どもたちの興味・関心が何に向いているのかを、

ひとりの視点だけでなく、複数の仲間で話し合うのが良いといいます


そうすることで明日の保育につながり、何を準備しておいたらよいのか見えてきます


(ただし、大人の目論見?仕掛け?は外れることも多いにあるということも覚悟が必要。あってよい)


10ヶ月児の事例として、
大人関わることの大切な時期

腕時計のカタログを見つめるのが大好きなカルラちゃん

ここで、子どもととても近い位置にいる保育者が、じぶんのしている腕時計を見せる

すると、「同じ物」とわかり保育者を見る

次に、保育者が腕時計をカルラちゃんの耳に近づけ音を聞かせます

この後、カルラちゃんはどうしたのか???


なんと、先ほど見ていた時計のカタログに耳を当てたのです!

ここで、わかることは
生後10ヶ月にして予測を立てることができるということです


● 質問を拡大させる・新しい質問を考える

● 知識の伝承、問題解決だけではなく、新しい問題をどうやって考えるか


● 子どもの質問「なぜ」に力を与えて、未知の可能性を作り出す

それらが、レッジョにおける保育者・アトリエリスタの役割なのだそうです


また、10ヶ月児では まだ大人と子ども1対1の関係と思われるが、

2名の子どもが布一枚へだてて、パッと顔を出して遊んでいた写真がありました

この姿から、

発達を超えたアウトプットはあってよい

しかし、「教える」とみえなくなるとも言っておられました


「握る」ことができるなら、「描く」ことがあってよい

(日本の保育の現場では、絵の具はまだ早い!と敬遠されることがたびたびあるそうです)


筆を「握り」、追視できます
「スゴイ!わたしの手。動かしたら きれいな色がでてくる」

「握る」ことは豊かな表現活動の可能性を広げることができるのですから



『陶治(とうや)』という言葉があるそうです

それは、子ども自身が主体的に外界を取り込みながら作っていく、ということ

これは、学習指導要項で提唱されていることと通じています

「させる保育」から「する保育」への転換が求められています


子どもに耳を傾ける保育は 保育者も学び手になること

そのため大人は子どもから学び続けなければなりません



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