あそびのアトリエ リボンクラブ大阪池田ルーム(旧ママりす日記)





「気持ちは寄り添う、行動は寄り添わない」 :: 2014/04/09(Wed)


先日、森のようちえんピッコロ代表の中島先生にお会いすることがありました。


以前から、ブログを読んでいて深くうなづけたり、ピッコロのこどもたちの様子に自分の汚れた考えを洗ってくれるような感動をもらっていました。

彼女の講演録として出版されている小冊子
『こどもを信じて待つ保育~森のようちえんピッコロの実践~』からは、
ようちえんの構造化されたプログラムもなければ、時間的な制約もない
一人ひとりの想いを大切に尊重されながら森を背景に育っているこどもたちの日常が伺えます。

おとなの目論見から外れ、驚かせてくれるその様子にまさに「ひっくり返る」連続です(笑)

良い意味で大人を裏切るのです。そして、大人は本当のこどもの真意をわからずに安易に決めつけて接してしまっていることが多々あることに気づきますし、

大人はいっぱいこどもに許してもらってるな~と反省するのです。

その講演録の中に、『4つの感情を平等にうけとめる』
と、いうのがあります。どういうことかを少し文中の言葉を引用させてもらうと、


うれしかったね、悲しかったね、は受けとめやすいんですけれど、そうでない気持ちも平等に受けとめるようにしています。

この間も散歩から帰ってきて、「どうだった?」って言ったら「つまらなかった」って言われたんですね。「つまらなかった」って受け入れにくい。「つまらなかったかー。ショックー。今日の私の保育やっぱ悪かったー」って思うじゃないですか。そこを頑張って「そうか、つまらなかったんだ」って受けとめて、「何で?」って聞くんです。すると「もっと歩きたかった」って言われたんですね。

子どもの「つまらない」とか「嫌い」というのはそんなもので、大人の嫌いと子どもの嫌いは違う。大人の嫌いは全否定的な感じだけど、子どもの嫌いは、この人は好きだけどこの部分だけが嫌い、その程度の嫌いなんですよね。誰々ちゃんが嫌い、その気持ちも受けとめるようにしています。

「喜怒哀楽」という4つの気持ちをすべて受けとめる。

(中略)

大人が管理していると、こう思ったことはいいことなのかな、もしかしてこう思っちゃいけないのかなって、自分の感情もわからない子どもになってしまう。



リボンクラブでも、「喜怒哀楽」すべての感情を受けとめています。


楽しい、嬉しい、もっとやりたい!
キラキラした意欲を感じるとき、

こちらまで嬉しくなり気持ちがノリますよね。


一方、

イヤや、したくない、嫌い、帰りたい
どこか心あらず、無気力な感じ
というのは、大人からはえ~!そうなの?がっかり~となりがちですが、

わたしは一旦、
そう、イヤなんや
やりたくないんや
キライって言ってイイよ
疲れてるんだね、寝ててもイイよ

と、受けとめます。

これまで大人に至り尽くせりで大事にされて育った子ほど、「へ?イイの?」と拍子抜けするかもしれませんね。

こどもが機嫌を損なうものなら、お膳立てして
「気持ちのイイ」ようにワガママな振りまいを容認するのは世間によくある光景です。

「幼児教室」という立場でお金を頂いて、こどもと接しているのに
ほぼ何もしなかったに等しい時間を過ごすことがあります。

他の幼児教室ならあり得ないことでしょう。目に見える成果を出すことのほうが、お金の代価としてわかりやすいからです。

90分間、椅子に半ば強制的に座らせ、
自分の興味や関心にあろうとなかろうと
大人の「できる・できないモノサシ」になぞらえて、人間とは何なのかを考慮に入れず、ライン工場でロボットを生産するようにすれば、時間が経てば立派な「小さなおとなこども」が出来上がります。

「小さなおとなこども」とは、こども時代を保障されないで、大人になることを急がされたこどものことを指すわたしが作ったことばですが、
そのようにすることがこどもに良いなら
こんなに簡単なことはありません。

特性も違えば、家庭環境も違う、みんな一人ひとり違った能力を持ち合わせているという前提は考慮されていない、
反映されていないのですから。


こどもが助けてほしいところは中島先生の印象的な言葉にありました
「気持ちに寄り添う」までのところで、
「行動を寄り添う」ことではありません。

こどもは
一人でできるようになりたい
わかるようになりたい
成長したいと
自立を願っていて、


暴君になりたい、
困りものになりたい、
メーワクものでいたいなんて願っていないのですから、
そこは大人がきっちり握らないとわからなかったこどもは、わからないままでいて「困ったちゃん」になりますよね。
特に「安全に身を守る」ことには、未熟ですから。


こどもの拒否や否定的な表現の中にはいろんな意味があって一人ひとり違います。

不安に直面するとき「イヤ」で泣くこと、


仲間はずれにされていると感じた「イヤ」をモノを叩くこと、隠すことで表すこと

思い通りにいかなくて「イヤ」

ガマンするのが「イヤ」

大人の評価にさらされるのが「イヤ」

生活経験が乏しくて自信のない「イヤ」

自分を発揮する前に大人が多くて表現しきれない苛立ちからの「イヤ」

多くの刺激に疲れ果ててもはや無気力な「イヤ」

こどもの発する「イヤ」には一人ひとり違ったメッセージがこもっています。

そこを丁寧に汲み取ることで、上っ面の「できた・できない」評価ではない、その子の課題が見えてきます。

個々の事情を踏まえ「自立」を助けたいと思います。

発達に応じ、個々の違いを考慮に入れて過ごせる時間は、一律に、一斉に進むこの時代にはとても贅沢な時間かもしれません。


あせらず、ゆっくりこどもの時間を共有し、それを許す大人に見守られながら成長していけること、

リボンクラブはそんな幼児教室です。




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