あそびのアトリエ リボンクラブ大阪池田ルーム(旧ママりす日記)





共同 :: 2014/09/12(Fri)


早速、各々のやりたいことを始める年長児二人。
「今日はコレをするんだ!」という明確な意志・意欲やあそびを組み立てる力が育っています。


一人は、ビルダーシステムで乗り物作り・・、


もう一人は、

長い筒をトンネルに見立て、高さに見合う列車を線路をつなげていきます。


「だんだん低くしていきたい!」

だんだん低くするためには、橋桁の積木を一つずつ減らす方法を思いつき、はじめの9コから1減らした積木を数えながら積んでいます。
10までの数の増減を具体物を使って
しっかり理解しています。

6より大きい数は指で対応させながら数唱し、5より小さな数は黙って積んでいたと思います。声に出さなくともわかったのでしょう。


完成が嬉しくて張り切って列車を走らせるも力あまって?線路がつなぎ目がズレてしまいました。

残念がるも気持ちを立て直して修復を図り、今度はそぉっと列車を走らせます。




お母さんともお話ししましたが、なんでもない積木を橋桁に見立てたり、
高低差を考えて数を操作したり、指先の力を調整したり、くじけそうな自分を励ますような経験を今のこどたちはしているのでしょうか?

電動で動く列車ならこのような経験をこどもから奪っているかもしれませんね。

公園であそんでいるようでも、頭を付き合わせた中心にゲーム機があるなら、
こどもが頭を使って想像したり考えたり、指先を調整するなどして創造的世界を創り出すことは生まれないでしょう。

今この能力を使わなくていつ使うのでしょう?こども達の経験不足は危機的状況にあるといっても過言ではないのでしょう。


二人別々のあそびをしているようで有機的につながっているよう。


壊れた線路を協力して修復しています。
この他にも相手の名前を呼び合ったり、自分の考えを述べたり、相手を誘ったり、受け入れたりする場面がありました。


「でぐち」を書いてくれました。
ひらがなの「読み」と「書き」も習得しているようです。


この日、お母さんから嬉しい報告がありました。
夏休みにしたことを絵で表して幼稚園に提出する課題?に休み最終日に意欲的にこどもが取り組んだそうなのです。
この子は、リボンクラブで意欲的に描画あそびを選ぶことはありません。
また、一枚の画用紙の中に一つの世界観を表すのが困難で、描いた本人以外はそれが何を表しているのかわからない表現を持つ子でした。
それが、お母さんが見ても二人の人物(お父さんと自分)と海がわかるように表現されていたことに大変驚かれたとのことにでした。
あまりに熱心に描画に向かう様子があったので、こどもの「まだやりたい!」気持ちを尊重し、幼稚園への提出を一日遅らせる配慮をお母さんがされたとのことでした。

この援助は、今こどもが何に興味を持っているのか客観的に捉えることができた故のことです。
もしこのとき『始園日に提出』と決まっているからといって、こどものふくらんだ意欲を寸断するようなことを言ったら、満足いくまで表現できなかったかもしれません。こどもがこんな絵を描けるよう成長したんだと気づくこともなかったかもしれません

お母さんの常識にとらわれない『待つ』ことと『今、ここを大事にしてあげたい』と直感的に感じられた配慮が素晴らしい!と感じました。


こどもの「今やりたい」という願いを察し、思う存分経験すると次のステップにあがっていきます。大枠の中で叶えてあげれるよう私たち大人の援助が必要です。
ただ、大人を試すような「振り回し、わがまま」もこどもはしますからそこと区別しないといけませんが・・。



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