あそびのアトリエ リボンクラブ大阪池田ルーム(旧ママりす日記)





幼児期に何を学ぶのか? :: 2015/01/27(Tue)



わたしはちょくちょく手芸用品を駅前の個人商店に買いに行きます。

老夫婦で営んでいると思われるそのお店は、店主が子どものときも「自分は商人のうちの子どもだった」と言っておられることから推測するとそのお店は何十年もその場所で続けておられるのかもしれません。


先日もリボンクラブで使うものを買いに行ったとき、ちょうど欲しかったサイズが置いてなく小さめあるいは大きめのものしかありませんでした。

そこで店主に
「小さい子どもが使うなら、この小さい方がいいですかね~?」と相談すると、

『そりゃー、何を縫うのかそのモチーフの大きさにもよるけど~その「小さい子ども」っていうのはいくつくらいの子どもかね?』


「はい、年長さんです。」


すると、店主の表情が一瞬で曇るのが見えました。


あれ、「年長さん」ではわからんかったかな。

「え~と、ですから6歳ですね」とあわてて言い直しました。


「6歳で針を持つんかいな。そりゃー、危なくないかね?」


手芸用品専門店の店主のまさかの言葉に一瞬耳を疑いました。歳がわからないんじゃなくて、危ない心配をされたのでした。

ここはなんでも売っているスーパーマーケットと違い、目的の定まった人が買いに来るお店で、何を作るかは別としてわたしのような人が多く買いにくるでしょうから、
「6歳児が針を持つ」ことにこんなに仰天されるなんて予想外でした。


「そうですね、確かに使い方を間違えば危ないモノですが、しっかり使い方を覚え、どうすると危険なのかを知っていれば6歳児さんは自分で気をつけながら「縫う」手しごとがじゅうぶんできる年齢ですから。」と応えました。

店主はこの「6歳児に針を持たす」わたしが何をする人か気になったようでした。
また、すっかり気を良くしたようで、思い出すかのように

「うん、そうやな。」と言って

自分の孫が石油ストーブに手を触れてしまい「アチッ」となって以来、絶対に近寄らなくなった話や、子どもが小さかったときの教育の話を延々話して聞かせてくれました。(これまで何度も買いに来ていますが、こんなにおしゃべりをしたのは初めてでした!)


さらに、最近はお母さんでもボタン付けができない人がいて、ボタンが取れたら「直し屋さん」に持って行って付けてもらうということも話しておられました。

なんでもお金でサービスが買える時代になったことと、不器用になったことは関係しているようです。


先回りして子どもを危険から遠ざけていては、危ないことから自分の身を守ることができないし、使い方や仕組みに触れる機会はないですね。



米を炊くこと、包丁の使い方を知ること、風呂を沸かすこと、洗濯の仕方、干し方、ぞうきんの絞り方など今は指一本で出来る時代ですが、その扱い方さえ知らない子どもは多いものです。
わたしは、これからの子どもたちには自分の身の回りのことは性別に関係なく出来た方がいいと思っていますし、それができて一人前。身辺の自立だと考えています。
(夫は『男子厨房に入らず』で育ってきたので今となってはなかなか難しいですが笑)

停電になっても最低限の暮らしができるような頭と身体の使い方を知っていれば、途方に暮れることもなく生きていけるものです。
そのような対応する能力があるのですから。


話がそれましたが、


わたしが住んでいる地域は受験に合格するための知識を詰め込む幼児教室がこの手芸店の周りにいくつもあり、せっせと送迎する車を見かけるそうです。(店主はわたしをこの類の同業者だと思っているようでしたが)


その子どもたちが日常生活をどのように送っているのか知りませんが、子どもたちの周辺がサービスは与えられるもの、知識は外側から詰め込まれるもの、機会を得ること、選択することなど何をとってもこれを見なさい、これを聞きなさい、これをしなさい、このように感じなさいと全てに一元化されたもののなかに閉じ込められ、競わされ、評価される小さな世界の住人とされているように思えてなりません。


店主は教育に熱心な方で子どもが学生だった頃、おそらく今の時代だったらモンスターペアレンツと言われるだろう要求も学校へどんどんしておられたようです。

わたしは、大阪の商人らしい掛け合いだな~と微笑ましく聞いていましたが、その話から学校と家庭の関係も良く地域とともにみんなで子どもを育てようとする雰囲気のある時代だったのだろうと感じました。



その時代であれば、たとえ疲れ果てて無気力になったとしても、背負いきれない程の親の期待を背負わされていたとしても、健康でいれたかもしれない解放された余白部分もあったのでしょう。


今も昔も子どもをよくしたい、幸せになってほしいという親の願いは変わっていないはずです。
しかし、時代が変わり、周辺の環境が急速に変わりつつある中で目先の不安にとらわれて子どもを急き立てて育てているように思えてなりません。時代の変遷に気づかないままひと昔前と同じやり方でよいのか?を考えるときにあるのではないでしょうか。

子どもをどう教育するのかは国の存亡に関わるのです。諸外国の教育システムにも目を向け、どう子どもと関わればよいのかを探る必要があります。


そんなことを考えた出来事でした。

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