あそびのアトリエ リボンクラブ大阪池田ルーム(旧ママりす日記)





イメージの世界への誘い :: 2015/04/28(Tue)



先日、ご縁をいただきライアーと語りのコンサートへ行ってきました。



ライアーの繊細で美しい響きと、
言語造形師のグリム童話の語りは見事なもので、まるで別世界にいるようでした。


グリム童話は「つぐみの髭の王さま」で、内容は高学年から大人向けの内容ということでした。(元々幼年に向けではなく、民衆向けに書かれたものだと聞いたことがあります)


「語り」ですから、物語は素話で進められました。

もちろん挿し絵もありません。

ですが、わたしの中では王女がどんな姿でどんなドレスを着ているのか、

次々やってくる求婚者の風貌、

森の中や市場で陶器が割られてしまう場面を思い描いて聞いていました。


これこそが、イメージの世界なのだと思います。



言語造形師の語りはまるで舞台を観劇しているような、今ココで物語が展開されているような臨場感に溢れるもので、間も絶妙でした。
想像する余地を与えてくれる時間ともいいましょうか。


参加者の若いお母さんの中に、こどもにどんな本を選んで読み聞かせたらよいのか教えて欲しい、という声がありました。


言語造形師の方は、
最も良いのは素話だとおっしっておられました。


今は、見ないでイメージすること、
沈黙に耐える場面に遭遇することが少なく、

次々に刺激的で新しい情報を目にしたり、聞いたりすることに慣れていますものね。


特に大阪弁は早口で打てば響くような掛け合いが文化になっていますし、せっかちな人が多いのが府民性のようです。


素話はこどもによってふくらませるイメージに違いがあることを保障してくれ、自由なのだと。


(たまに思い描いていたイメージと挿し絵が違い過ぎて戸惑うこともあります)


名作といわれているものでなくても、お母さんが作ったデタラメな話しも喜んで聞くし、ジブンが主人公だったりすると興奮して寝れなくなってしまうほどですね~と

話されていたのが印象に残っています。



今回この機会を得て
本がもたらすこどもとの結びつきを考えてみて、


お母さんが子どもに本(おはなし)を語るというのは、
お母さんの声を聞いて安心したり、
イメージの力を育くむ
ことをしているのだと改めて感じました。

ひらがなに興味を持ち始めると、ひらがなを追うことに注意が向き、おはなしの内容のイメージ(表象)を描くことを阻害してしまいます。


幼年期はイメージの世界をたくましく持つにふさわしい優れた時期なので、最近ひらがなに興味を持ち始めた子どもに読んであげるものは、挿し絵のないものを選んでみるのも一つの手かな~と思いました。(特に寝る前など)


読み方についてはいろいろ言われていますが、
一般的なお母さんがわが子にするなら、
大げさに抑揚などつけず淡々と読むくらいがよいと思います。
「声」からも子どもはイメージをふくらませるからです。お母さんの先入観でヘンに着色しないで、子どものイメージする力をじゃましないようにです。


わたしが今小3の息子に寝る前に読んでいるのは、東京こども図書館からでている「おはなしのろうそく」です。
この「おはなしのろうそく」には後ろの方に、どんな調子で読むといいのか「読み方のコツ」がお話しに応じて書いてあります。
短編集なのですが、一つのおはなしを読み終える前に寝入ってしまうため一向に進みません(笑)


改めて、「音」や「声」「おはなし」といった耳から入る情報刺激とこどもの関わりを見つめ直す機会となりました。








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「耳から入る情報と子どものかかわり」
というフレーズから・・・。

「魂」という言葉が思い浮かびました。
かっては、職人魂という言葉も使われていましたが、
最近は使われることも少ないようです。

リボンクラブの理念を支えているウィニコットは
魂=ソウル、心=マインドと分けています。

ピアジェの発達心理学では、心=脳の機能や働き
のことを指しているようで、知能=心の領域になっ
ているようです。

一昔前は、心は心臓の領域にあって、知能は頭の
領域にあると思っていたのでわかり易かったのです
が、最近は心=脳の領域の働きということになって
きて、魂の居場所がなくなってきた感じですね。

「魂をこめて」とか「魂がゆすぶられる」という表現が
ありますが、民間伝承や昔話、優れたフッァンタジー
作品の中では「魂の居場所」があるのかもしれません。

乳幼児のあそびも、魂の世界と現実世界を両極にして
時計の振り子のように揺れていると考えることができます。

ウィニコットはあそびの世界を「移行空間」という言葉で
説明していますが、経済社会で生きている大人には、過去
のものになっているのかもしれませんね。

私自身も忙しすぎて「あそぶこと」が出来なくなってきてい
ます。このままでは「何が何だかわからないうちに」死んで
終いそうで心配です。(笑)

「あそぶこと」「好きなこと」大切にしたいですね。



  1. 2015/04/29(Wed) 10:33:04 |
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  3. ジジより #-
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