あそびのアトリエ リボンクラブ大阪池田ルーム(旧ママりす日記)





気になる子 :: 2015/05/20(Wed)



かたときもじっとしていない。


足場があれば、高い所にも平気でのぼる。


養育者から離れていなくなる。


おもちゃを手当たり次第手に取り、目に入ったものを次々散らす。


片付けても片付けても、あっと言う間に部屋が散らかる繰り返し。


言葉の遅れ。


散歩をいやがる。(歩かないで抱っこを求める)


ショッピングセンターなどの広いところで歩くのを嫌がり抱っこを求める。


体育館のような大勢の人が集まる場所で、みんなが座っている時、一人でぐるぐる走り続ける。


思い通りにならなかったことに出会った時、抱っこを拒否し、激しく泣き続ける。


大人の指示が通りにくい。


ベビーマッサージを嫌がる。


絵を描かない。




これは幼稚園に入園する前に気になっていたわが家の第三子のことです。


当時上の子たちとどこか様子の違うまっくすに不安を抱いていました。


かたときも休みなく動き回るわが子の後を追いかけ疲労困ぱいでした。
まっくすが眠っているときが唯一ホッと気が抜けるひとときでした。
できるだけ長く寝ていてほしいと願っていたように思います。


検診には引っかかりませんでしたから、
検査はそれなりにこなしたのでしょうか。
これは思い出せません。



元気な子どもとは、こんなものじゃない?
わたしの考え過ぎなんだわ


よく動くってことは→ 運動神経が優れている
歩きたがらないのは→ 甘えんぼ
絵を描かない→ ただ興味がない


そんな風に思い直したりもして、自分の抱えるモヤモヤに蓋をしようともしていました。



それまでのわたしは、自分が思い描いていた通りの子育てでおおむね上手くやっていると感じていましたから、

この「思い通りにならない」子育てに困惑しました。自分がダメな母親だと世間から冷ややかな視線を浴びているように感じられました。

わたしの育て方が悪いのかな?

病院で診てもらった方がいいのかな?

でもそれでどうなるの?

どうやって育てていけばいいの?

第三子にしてわからないことだらけの真ん中にいました。




「わからない」というのは不安や恐怖を呼ぶものです。
子どもがどのように発達するのか?その道筋について「知りたい」と願いました。


幸運にもリボンクラブとの出会いがわたしに一本の光を当ててくれました。


ジジさんから、「不確実性」という言葉をいただきました。「先のことはわからない」という哲学のテーマだそうです。


そのときのわたしには、なんとも頼りなげなその響きに淡い希望を抱いたのを覚えています。



それから何年経ったでしょう

最近聞いた強烈に印象に残る言葉に、

「乳幼児期にどんな疾患や障害があるかは診断するけれど、その後、どんなふうに育っていくのか医療関係者は誰も知らない」

国際臨床保育研究所の辻井先生からいただいたものです。(わたしに向けたものではありませんが)


「知らない」?

この二つの言葉の意味は同じで、ともに「わからない」ことにあるのですが、
この「わからない」ということは、それゆえ不安も合わせ持つのですが、一方で限りなく大きく広がる可能性を持った未開のゾーンを指すことに違いないということです。


「気がかりの点に目を向けない。その方が上手くいく」
幸いわたしはリボンクラブで得ることができたのです。


小学3年生になった現在、上記のような困り感はありません。

しかし、困り感は形を変えてなおも存在しています。

乳幼児期のアレ?なんか気になるは見過ごしてはいけないのです。なんらかの調整、支援が必要なのです。



その子ども自身のことをよく知りもしないで診断名が一人歩きするのも非常に残念なことです。

勝手な大人の思い込みで子どもの人生の選択肢を狭められるようなことがあってはならないし、「様子を見ましょう」と言われて何年も何もされないでいると、子どもは装備を持たないまま成長してしまいます。



乳幼児期のサインに早期に気づき、調整・対応することは先々の困り感を減らすことにつながります。

大らかに、子どもの自ら育つ力を信頼すること。でも楽観し過ぎないで注意深く観察する目を養う必要があります。


公の網の目から漏れた子どもたちがなんのサポートを受けることもなく社会に出てしまう自体は多くあります。
(日本のニート、引きこもり人口は70万人とも言われています。この全てに発達に問題を抱えているかどうかはわかりませんが、少なくともその可能性はあると言えるでしょう)


社会のルールに適応できないで失敗を繰り返す人達は怠けていると捉えられ、根性と気合でどうにかしろと言われることでしょう。
具体的なスキルを身に付けないままでは、すっかり自信をなくし、引きこもるしかなくなるのではないでしょうか。


子どもの気がかりな点は、病院や保健所センターで見つかるのではなく、集団の場であるということを辻井先生から教わりました。


また家庭内で養育者のみで育てていると、
わたしのように、こんなもんだと見過ごしてしまうことがあり、検診の網の目からこぼれ落ちた子どもは将来困難が待ち受けているでしょう。
それでなくても多様で複雑な社会ですから。


ダラダラ書きましたが、言いたいことは、
特に乳幼児期は子どもの発達について正しく知っている大人の眼差しの中で成長してほしいということです。
そして、子どもに教えてやろうとするのではなく、子どもから学ぼうとした方が上手くいくということです。


もちろん学童期以降もそれに越した事はないのだけど、学校や学習が入ってきますからもっと複雑になってきます。


乳幼児期の日常生活や遊びの様子から、子どもは発信しています。
子どもと関わる私たちのような仕事には、重大な役割を担っていると自負しています。



その子どもの脳が喜ぶことを伸ばすこと。(児童精神科医 杉山先生の言葉)
子どもの自立のために大人ができることはささいで、ほんのわずかなものでしょう。
私たちはそこを探っています。


これからの子どもたちが、自分の能力を活かした職業につけることを望みます。
それが自分以外の家族や第三者に幸せをもたらすこととなれば、これほど嬉しいことはない。
そう思います。





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comment

まっくす君のことは、力になれていなかったと感じています。
私の見る限りでは、友だちとじゃんけんしたり、鬼ごっこをしてあそんでいたので「大丈夫」と思ってきました。そして現在もそのように思っています。

しかし彼の「困り感」は分かりませんでした。

現在も、ADHDと診断されている子どもがいます。お母さんに対しては「大丈夫です」と答えています。

昨年は医師の診断を進めた子どもがいました。しかし、ご家族は様子を見ることにしました。この子については今も心配です。

3歳を過ぎて、言葉が出ない子がいます。しかし理解言語はしっかりしていますし、持続してあそぶことができるのであまり心配していません。幸いこの子は医師にも相談しているようなので、そこは安心なのですが・・・。

他にも発達の緩やかな子がいました。お母さんは心配で発達相談に行ったようですが、具体的な指示はなかったようです。途中から第2子への期待がでてきたので注意をしたことがあります。この子は現在年長児ですが、随分しっかりしてきました。

他にも心配な子はいます。ジブンを素直に出せないでいたり、他者の評価を気にしすぎている子もいます。

でも私は「持続してあそぶこと」ができれば大丈夫と思っています。
それよりも「あそべない子」のほうが心配です。

多くの親御さんが心配するのは「小学校生活」のことでしょう。現在の小学校は待ってくれないからです。ここが難しいところです。

尾木ママが視察に行ったオランダの小学校は、時間割なし、テストなし、宿題なし、もちろん塾で勉強する子もいないようです。

外国のことを言っても仕方がないのですが、うらやましいと思います。子どもを待ってくれるからです。

赤ちゃん学会の小西教授とご一緒した時、送迎の車の中でのおしゃべりですが、小西先生は「障がい児を健常児のようにしようとするのは、健常者の驕りだ・・・」と言っていました。「そんなエネルギーがあるなら、障がいががあっても安心できる社会を作ることに使え・・・」
と続くのですが・・・。

ちょっと長くなりそうなので次回つづけます。








  1. 2015/05/20(Wed) 19:23:36 |
  2. URL |
  3. ジジより #-
  4. [ 編集 ]

ジジさん


まっくすについては、わたしも大丈夫だと見ています。親ですから、細かなことを言えばキリがないくらい(笑)でも、それはまっくすに限らず上のコ二人についても同様です。
こどもの育ちを信頼するということがどういうことか、また良書や学習会のめぐり合わせにより知識を得たことが大きな要因であると思います。
そうした結果、いまわたしは職業にまでしちゃいましたからね。これは、リボンクラブとの出会いがなければ成し得なかったでしょう。

先日、知人のご主人の会社に、就業時間中をずっとトイレにこもっている社員がいることを聞きました。
この方がどんな困り感を抱えているかは不明ですが、
能力に見合った職業に就けていないことが伺えます。もはやトイレで自分を守る手段しかないのかもしれません。働き盛りの青年が素晴らしい1日の大半をトイレで過ごさなければならないのは不幸なことです。その方がクビになる日も近いかもしれません。
こういう若者が日本に70万人もいることを考えると、
日本の教育システムそのものに網の目が広すぎることが考えられます。
もっと細分化した、個の能力を高められるオランダは「世界で一番幸せなこどもたち」と言われる所以なのですね。
  1. 2015/05/21(Thu) 08:51:24 |
  2. URL |
  3. ジェリー #-
  4. [ 編集 ]

「気になる子」
これは医学用語でないでしょう。

おおまかに言えば、教育者やそれに準ずる人が使っている言葉です。もう少し進めて言えば、おおよそ4歳過ぎてからの集団生活の中で保育者が「あれっ」と思えるような行動をとる子どもたちです。

ですから、その時点では医学的根拠はないはずです。

最近知り合った園長の保育園では、60名定員の21名が「気になる子」と言われている子どもだそうです。実情はそういう子どもを受け入れているからで、保護者が気兼ねなく預けられるからのようです。

保育の内容は「安全地帯での離し飼い」のような感じですが、それぞれの子どもがジブンの居場所を確保できるように配慮されています。

それらの実践報告が九州大学大学院人間環境学研究院の主催で行なわれた第13回「日本赤ちゃん学会」学術会議の分科会でありました。

入園時から卒園時にかけ「どんな子どもでも発達していき、生まれつき持っている発達の偏りが暖和されます」という報告でした。

その園長先生から見れば「気になる子」というのはいないようです。いるのは、医療の援助を必要とする子どもか、そうでないかという判断です。なぜなら、園長自身が「気になる子」という言葉の中には、「教師や保育者の思い通りにならない子という意味が含まれていることがある」と言っていましたから・・・・。

それでも、他に適切な用語がありませんので「気になる子」という言葉を使いますね。

リボンクラブ熊本ルームのように、わずか30名ほどの子どもたちの中にも4~5名の「気になる子」がいます。親しい園長先生の中には「そんなこと言ったら、半分くらいは気になる子よ」と悩んでいました。

「気になる子」とはどういう子どもたちでしょう?大まかに言えば「集団生活で気になる行動をとる子ども」としてみます。

国際臨床保育研究所の辻井先生が提案していることの一つが、その前に「気になる子ども」に気づきましょうということです。子どもが集団行動に入る前に、0歳や1歳の早期の時点で、子どもの成長に気になる行動が見られたら、早期に発見しケアーできるような体制を作りましょうと呼びかけています。

医療的なケアーが必要な子どもたちには、できるだけ早い時点でケアーをすることが望ましいと考えられているからです。

しかし、現実は重度の場合はのぞいて、中・軽度の場合は診断はできても、その後の対応の仕方が示されることが少ないようです。これは、ジェリーさんも経験していることと思います。

医療の問題は医療に、ここは素人が関われない領域です。しかし、私たちや保育者にできることに「あそぶこと」があります。この領域はだれでも参入することができます。

仮にアスペルガー症候群と診断された子どもがいても、その子が誰かと「ごっこあそび」が楽しめることができるようになったとしたら、その子どもの診断は軽減されるでしょう。

虹色教室のナオミ先生もこの方法をとっているようですし、S・グリーンスパンの「自閉症の治療プログラム」でも、子どもとあそぶことが中核的な方法になっています。

仮にADHDの子どもがいたとしても、子どもが興味のあることに私たちが従うことで「あそぶことを持続できるようになれば」注意の集中を持続するということに貢献できるかもしれません。

もちろん簡単にできることではないのですが、医療従事者でない私たちにもできることはあるということです。

ただとても残念なことは、それらの評価をだれもできないことです。「あそぶこと」で軽減していったのか、「子どもが自力で感覚統合すること」であそべるようになったのか分からないからです。

ウィニコットによれば「あそぶこと」は健康になることです。これは情緒的なアプローチですが、発達的なアプローチとしても「あそぶこと」は感覚統合と関連していると思います。

健康な子どもは、周辺の「モノ、ヒト、デキゴト」を利用して年齢相応に楽しくあそぶことができます。「あそべない子ども」はそれに比べるとなんらかの事情を抱えています。それは一過性のときもありますが、慢性的に持続することもあるようです。

「笑顔であそべるようになること」これは、リボンクラブの目標かも知れませんね。

ただし、「健康になるだけではイヤだ、学校で勉強ができる子にして欲しい」という無言の圧力を感じることもあります。

それらの不安に答えるかのように「あそびは学び」というキャッチフレーズが聞こえるようになりました。

間違っているとはいえませんが、あそぶことで身に着けていく1次経験と、学校で勉強していくことで身に着けていく2次経験は分けて考えた方が良いように思います。

もとに戻りますね。

「気になる子」が、そのまま年齢が来て小学校に入学した時にどのようにすればよいのか?

これも大きな問題です。

結論から考えると、学校が一斉授業を続けている限りなかなか難しいのではないか?

一斉授業というのは「同年齢の子どもを等しく扱う」ということです。「平等でいいじゃん」と思えるのですが、ひとり一人の子どもの違いに配慮できないという難点があります。

シカゴ大学のデューイは、こうした授業のあり方の改善を図ろうとしています。細かいことは省きますが、経験をもとにしてそれぞれの子どもが協同することで学習を重ねていこうとする方法です。そこには「それぞれの子どもが違っていてよい」ということが配慮されています。この実験は100年も前の話ですが、現在の先進国ではデューイの考え方は生かされているようです。

オランダのイエナプランを基本にする小学校でも「それぞれの子どもは違う」ということは、子どもの権利として保障されているようです。

こうしたことを参考にすると、一斉授業が子どもを中心にした授業というより、国家を中心にした授業形態に見えてきます。それ以上のことは一市民にはわからないです。

ただ、学校に行きたがらないからといって必ずしも「子どもに原因があるわけではない」ということは認識していく必要はあるかも知れません。子どもの味方がだれも居なくなったとき、一番困るのは子どもです。

つづきはまた書きます。













現実問題として不安材料を抱えながら通学している「気になる子ども」を












  1. 2015/05/21(Thu) 13:45:09 |
  2. URL |
  3. ジジより #-
  4. [ 編集 ]

つづきを書きますね。

子どもが学生生活を送る場合もリスクがかかります。競争原理を取り入れたアメリカ型の資本主義の場合、このリスクを原動力にしているのかもしれません。

ヨーロッパの国々の資本主義経済の中には、社会主義的な傾向があるのでしょうか?福祉の政策が行き届いているように見えます。それとも、市民感覚が根付いているのでしょうか?

日本の場合は、アメリカ型の資本主義を取り入れながら、国家主義的なところが残っています。市民というよりも国民という感覚が強くて個人主義的なリベラルな考え方の人は少ないのかもしれません。

少し飛躍していますが、子どもたちが生活する学校組織もこうした影響が反映されるのでしょう。というよりも学校組織に中に色濃く残っているようにも思います。

私はいま社会批判をしてるのではありません。学校に鬼や蛇がいるわけではなく、子どもたちに基礎学力がつくように頑張っている先生たちがいると思っています。

しかし、「小1プロブレン」とか「10歳の壁」のような話を聞くと、その子どもたちはどのようになっているのだろう?と思います。

30人のクラスの子どもに同じテストをして提出させれば、1番から30番までの序列ができるのは当然ですよね。

そして子どもたちにしてみれば、良い点を取るために勉強するでしょう。しかし、誰のために、何のために勉強するのかは曖昧になってゆくのではないか?という気がします。

私は子どもたちの実情については全く知りません。学校の中の出来事は塀の中のできごとで、刑務所の中の出来事がわからないのと同じくらいです。

テレビで見る限りでは、どの子どもも元気そうなようすなので、子どもは子どもなりにがんばっているのだろう位に見えてしまいます。

「競争社会なのだから仕方がない」と言ってしまえばそれまでですが、私たちは子どもたちにそれぐらいのメッセージしか用意できないのでしょうか?

障害のある7歳くらいの少女が「私たちが安心して生活できるとしたら、普通の人はもっと安心して暮らせるのに」という作文を書いていましたが、こちらの方がこころに残る言葉です。

なんだか雲行きが怪しくなってきましたね。ごめんなさい。
次回にまとめます。
  1. 2015/05/21(Thu) 19:43:37 |
  2. URL |
  3. ジジより #-
  4. [ 編集 ]

デューイの教育理論について考えてみます。
私の解釈ですが、おおまかに三つに分かれています。

「経験すること」「協同すること」「過去から学ぶこと」です。

「経験すること」は、ジブンの身体、目や手や耳を使って学ぶことです。これは、乳幼児期の子どもたちが得意でよすね。乳幼児期の子どもたちは頭では学びません。頭で考えることができるのは7歳くらいからでしょうね。

「協同すること」は、ある程度の集団でプロジェクトを組むこと。教師の仕事は指導者ではなく、集団の考えを調整することです。

「過去から学ぶこと」は、保守的な学習方法で書物や教科書から学ぶことです。


たとえば10人の学生と教師が「障がい児について考える」というプロジェクトを組んだとします。

経験するためには、障がい児施設を訪問することが考えられます。ジブンの住む市に、どのような施設が何ヶ所あるか調べて、訪問できるところを特定していかなければなりません。

訪問先が決まったら、子どもたちと教師は施設を訪れて見学します。10人の子どもたちはさまざまな印象を持つでしょう。
ある子どもは重度の障がい児をはじめてみてショックを受けるかもしれません。ある子どもは、訓練の内容に関心を示すかもしれません。別の子どもは施設で使われている器具に興味を示すかもしれません。10人10色です。

プロジェクトですから経験のしっぱなしではなく、様々なことが話し会わされるでしょう。ここで、教師の調整が必要になってきます。経験されたことはある程度まとめられ、必要な課題がでてきます。

その施設に現在あるもの、もしくは訓練のようなできごと、それは過去の人々の努力によって試行錯誤されて作られているものです。それらを記録からを学ぶこと、これが2次経験(勉強)です。

現在の経験があって→過去の人々の努力から学んで→未来を改善していくにはどうすればよいかを具体的に考える

というパターンを共同でしていくということです。ですから個々人の子どもは、それぞれの役割を分担することになるでしょう。当然必要なことを調べてこなければいけません。教師はどこで調べたらよいか、どのような本を読んだらよいかなどの相談役にもなるのでしょうね。

余談ですが、ペスタロッチの学校に代用教員で働いていたフレーベルも同じような学習方法をしています。デューイより100年前です。デューイは教育哲学者ということですから当然知っていたでしょう。

レェッジョ・エミリアの、マラグッツィーはデューイから学んでいるように思います。辻井先生がオランドから運んできたピラミッドメソッドも同じです。

それぞれの子どもの年齢は違っていても、経験することがベースになって学んでいきます。ですから子どもたちは学校の外に出かけるのでしょう。身近な現実を知るところからはじめるのですね。

素人だから言えるのかも知れませんが、こうした目で見ると日本の学校は塀の中で勉強しているように見えてしまいます。

誰のために勉強するのか?何のために学ぶのか?ジブンはどのようなことに関心があるのか?一人の人間にできることは限られてくるとはとは思いますが、好きなことから学べるといいですね。

まっくす君も、いつか、きっと、ジブンの好きなことが見つけられると思います。

おしまい。



















  1. 2015/05/22(Fri) 11:43:20 |
  2. URL |
  3. ジジより #-
  4. [ 編集 ]

はじめてコメントします!

いつもブログから、学び、参考にしています。
なかでもジジさんのコメントは、奥深く考えさせられす。ありがとうございます。
  1. 2015/05/24(Sun) 14:14:52 |
  2. URL |
  3. ぐるんぱ #-
  4. [ 編集 ]

ぐるんぱさま


コメントありがとうございます。

いつもブログを見て下さっているとのこと。
大変嬉しく思います。

わたしは、ジジさんのように表現することはできないので、「あそびのアトリエの理念」をわたしという人間を通した視点でブログを綴っています。

当教室の帯山ルームのブログにもジジさんの書いた文章が掲載されていますので、他教室のものと合わせてご覧くださると一層ご理解頂けるものと思います。

わからないことがまだまだたくさんあるのですが、
目の前の子どもをよく見て学んで参りたいと思います。
  1. 2015/05/25(Mon) 09:20:16 |
  2. URL |
  3. ジェリー #-
  4. [ 編集 ]

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