あそびのアトリエ リボンクラブ大阪池田ルーム(旧ママりす日記)





浮く?沈む?水と油 :: 2015/06/10(Wed)

リボンクラブでは、基本的に子どもがやりたいことに大人が寄り添うので決まっているプログラムはありません。

が、季節感じられるような、あるいは子どもが好みそうな「仕掛け」というか「誘い」は大枠であります。

夏は気温が高くなりますから、「水」や「ひんやり」を感じるあそびは気持ちがいいので一番適しています。

そのほか、強い太陽の光によって恵みを頂く「植物を育てる」ことや「収穫すること」、「生き物を飼育すること」が視界に入るようにしています。


「ひんやり」を感じる指えのぐ。

布に描けば、アイロンの熱で色が定着します。
今回は画用紙と石に。

最後は手に塗りました。
パール色なので、この世のものではない宇宙人のようにも見えます。


色水のサンプルを見て、どの色にするのか選んでいます。



「印のところまで水を入れる」目的を覚え、目や手を使って調整できます。


「こぼさないように」するため、注ぎ口を近づけ慎重に油の容器を傾けることができます。


しっかり身体をコントロールし、注意を持続させます。
3歳児さんより精度は上がりますが、まだまだ上手くいかずに失敗することもあります。


制御することを獲得する時期にあるということを知ると、私たちにできるサポートは、


⚫︎その機会を与える(生活経験を増やす)
⚫︎上手くいかない、失敗した後どうしたらいいのか、後始末の仕方を知らせる


くらいでしょうか。

余計なことを言って、子どもたちのプライドを傷つけてはなりません。


ペットボトルの中には、アイロンビーズ、木片、ビーズを入れました。

入れる際、「浮くかな?沈むかな?」と言ってから期待を込めて観察しました。
そうすることで、「なんとなく入れる」ではなく、「注意深く観察する」や「予測する」ようになり「結果から考察する」一連の思考の流れが生まれます。

振ると混ざり色が変わります。
時間が経つと分離し、はじめのように戻ります。
「アレ?こんななみんなのおウチにもあるんじゃないかな?」


なんとも女子には魅力的な仕上がりの色合いにうっとりしてしまいます~!

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今日は雨が降っていて、時間があるので難しい話を取り上げて見ます。頭の体操のつもりで一緒に考えてみましょう。

レネー・A・スピッツの「基礎教育」についてです。

「われわれの考えでは、教育と学習は、発達と構造の両面において互いに根底から異なるものである。発達的な観点から見れば、教育の方がより早くから行われる過程であり、多分個人は教育によって変えられる能力を生まれながらにして与えられている。教育には精神の本能的部分であるイドを変化させるという意味が含まれている。したがって、教育は主として無意識の領域でおこなわれる」

なんだか難しいですが、レネー・スピッツは「教育は無意識に働きかけるものであり、学習は意識に働きかけるもので、基本的な構造が違っている」と言っています。

教育という言葉の語源が「引き出すこと」ということで、「基礎教育」とは、現代の言葉の「乳幼児期の教育」のことです。

これに対して「学習は意識的な過程である。学習もわれわれの自己を変化させるものであるが、イドとは関わりなく、継続的に強化されないと薄れてしまい、ついには消えてしまう」

ここでいう学習とは「学校や塾でする勉強」のことです。

普段は聞きなれないのですが「精神の本能部分であるイド」という言葉が出てきます。

イド(id)は精神分析学の用語で、人間の欲望や本能的衝動のことです。レネースピッツの考えでは「乳幼児教育とは、人間の欲望や本能衝動と変化させること」が視野に入っています。

これらのイドからでるエネルギーを「リビドー」というようですが、リビドーを日常的な言葉に置き換えると、「元気」もしくは「やる気」のことです。

ジジ的な解釈をすると、精神の本能部分であるイドを変化させるとは「子どもの元気ややる気を、何時、何処、に向けるか?」ということですね。

つづけます。

「教育は身体自我の基礎作りを行い、対象関係に対処できる能力の基礎を築く。人間としての分化が進むにつれて、教育は同一化や防衛機制に基づくようになり、自己全体を変容させるとともに、自我を変容させることになる。別の言い方をするなら、われわれがそのことに気づいていないにしろ、われわれの技能や処理能力を形作るといえよう」

ここまでくると何が何だか分からなくなってしまいそうですが、

子どもの元気ややる気を、社会的に肯定できるように、子どもがジブン自身を導いていけるよう、サポートしていくのが幼児教育だということでしょう。

もっと単純にすると「それぞれの子どもが、肯定的なアイデンティティー(個性)の基礎を築けるよう、配慮していくのが幼児期の教育」ということでしょうね。


これは、ワトソンやスキナーの行動主義心理学の幼児教育とは随分違う考え方です。ワトソンやスキナーは、赤ちゃんの頭脳は白紙のようなものだから、早期から適切な刺激を与えればIQも高められるということで、それらを象徴しているのがドットカードです。

ワトソンやスキナーは、人間の情熱を「あいまいなもの」として無視をし、望まれる行動を生み出すための強化をめざしたようです。

問題は「だれに望まれるのか?」ということですが、心理学を科学として認めさせるには、人間の能力を数値化することが必要と考えたようですね。

行動主義心理学にとって、対象である赤ちゃんはパソコンのハードウェアーのようなもので、幼児教育はインプットされるソフトウェアーのようなものです。刺激と反射を高次化していくことで、適切な行動を引き出すことだ出来る。ということのようです。この考え方でいうと、教育と学習は連続したものになります。

たくさんのママが「子どもをどのように育てればいいのか?」と悩んでいるのではないか?と思います。現実問題としては、偏差値の高い学校に入れたいという気持ちもよくわかります。それとは別に「人間性や人柄」が大事よね。と考えられているママもいるでしょう。

どのように考えればいいのか?むつかしい問題ですね。

人間には感情があるのか?
それとも知能だけなのか?

ちなみに「人間の赤ちゃんの脳は白紙である」という前提は、現在は否定されています。現代の科学者たちは「人間の赤ちゃんはどのような能力を持っているのか?」ということに関心が移っているようです。

リボンクラブでは赤ちゃんにや幼児には「感情も知能」もあると考えています。

これを読んでくれたママはどう思われますか?

子どもは「感情だらけ」と日々実感しているママもいると思いますが・・・。













  1. 2015/06/11(Thu) 14:30:52 |
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  3. ジジより #-
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