あそびのアトリエ リボンクラブ大阪池田ルーム(旧ママりす日記)





ウィニコット博士の育児講義より :: 2015/10/21(Wed)

リボンクラブで扱う子どもの情緒は、小児科医・精神分析医ウィニコット博士(英)の臨床体験に基づいています。

子どもの情緒的発達を重視する観点から好ましい育児のあり方を英国放送を通じてお母さんがたに語りかけてこられたそうです。

故人ですので、私たちは著書から学ぶことができるのですが、
元々の英文を日本語に翻訳してあるものは、なかなか意味が分かりづらい箇所もあります。

(お母さんがたが理解しやすいよう、できるだけ平易な訳文にした、とありますが😅)

今回は、
子どもと家族とまわりの世界
『赤ちゃんは なぜなくの』
ーウィニコット博士の育児講義ー D.W. ウィニコット著より抜粋


離乳が徐々に安定した状況でなされる時には、特に厄介な事は何も起こりません。
赤ん坊は、明らかに新しい体験をしようとしています。
離乳に対する反応があっても、その反応が激しいものであっても、あなた方はそれが異常であると考えないようにしてください。
母乳栄養がうまくいっていた赤ん坊も、食べ物をあまり欲しがらなくなったり、ひどく拒否したり、イライラして泣いて乳房を求める仕草を示したりして反応するかもしれません。
この段階で赤ん坊に食べ物を矯正することは、赤ん坊を傷つけることになるでしょう。
赤ん坊の立場から見ると、当面あらゆることが悪くなってしまったのであり、あなた方がこれをうまく処理することができません。
徐々に食欲が戻ってくる時期を待つより他に仕方ないのです。


また赤ん坊は、金切声を出して目覚めるようになるかもしれません。しかしあなたは目覚めの過程に援助を与えられるだけです。
あるいは物事が順調に進んでいくこともあるでしょう。
たとえそうであってもあなたがたは赤ん坊の中に悲しみへの変化があることに気づき、赤ん坊の泣き声の中に音楽的な旋律と引き継がれていく新しい特徴があることに気づくでしょう。
この悲しみは必ずしも悪くは無いのです。悲しげな赤ん坊を微笑むまで揺り動かす必要は無いのです。
赤ん坊は何かを悲しんでいるのであり、あなた方が待っていれば悲しみは終わるのです。


離乳期には赤ん坊を怒らせるような状況があり、今まで良かったものをだめにしたりするので、赤ん坊は時々悲しむのです。
夢の中で乳房はもはや良いものではなく、憎まれ、そして今や悪い危険なものであるとさえ感じられるのです。
これがおとぎ話の中に毒入りのりんごを食べさせる悪女が出てくる理由なのです。
実際に良い母親であっても、離乳期の赤ん坊にとってその母親の乳房は悪いものとなり、そのために回復と再調整のための猶予が与えられなければならないのです。
しかし普通に見られる良い母親は、このような責任を回避したりしません。
母親は一日のうちで、ほんのわずかな間だけ悪い母親とならなければならないことがよくあるのです。そして、母親はそのことに慣れます。そのうちに再び良い母親として見られます。やがて子どもが成長し、現実の母親を理想的でもなく悪魔としてでもなく、あるがままの母親として理解するようになります。


したがって離乳には、赤ん坊にミルク以外の食物与えたり、茶碗を使用させたり、両手を活発に動かして食べさせたりするばかりではなく、もっと広い意味があるのです。
それは赤ん坊が徐々に錯覚から脱する過程を含んでおり、この仕事は両親の役割なのです。
普通に見られる良い父親や母親は、子供から崇拝されようなどとは思わないものです。
極端に理想化されたり憎まれたりすることに耐え、最終的には子供が自分たちを現実にあるがままの普通の人間として見てくれることを望んでいるのです。



今回は「離乳」について、抜粋しましたが、
今日では人によって離乳に対する考えや時期に差があるようなので、文中の「赤ん坊」という表現は「子ども」に置き換えてもよいかもしれませんね。


読んでいてこの部分が、
今の私たちに刺さるように感じたのです。

情緒発達の過程において、
私たち母親が〝やるべきこと〟と〝やらなくてよいこと〟や
あわてないで〝待つこと〟の大切さを象徴しているように思いませんか?






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comment

偶然ですね。

ジジも今「赤ちゃんはなぜなくの」の本を読んでいたところです。

ウィニコットは魅力的ですが難しいです。それだけに面白いのですが・・・。

ボールビーはアタッチメント理論の中で、精神分析学の様々な理論の中でも対象関係論を評価していました。これを知ったときはうれしかったです。リボンクラブの情緒的評価は、ウィニコット博士の対象関係論を参考にしていましたから・・・。

ジジ的解釈でいうと、対象関係論というのは、本能衝動を基盤にしながらも「全てのものは母と子どもの関係から生まれる」ということのようです。

では「全てのもの」とは何か?

それは赤ちゃんにとって、
目で見て、手で触って感じられる現実的な世界と、
母親の身体や世話から得られる空想的な世界の二つの世界です。

そして「あそぶことは」この二つの世界をつなぐ行為です。

情緒発達と認知発達をつなぐもの、これは「あそぶこと」です。
これについて、118ページに

「おもちゃを適当なときに、適当な方法で、適当な人が与えるなら、それは子どもにとって意味のあることなのです。私たちはこの意味を理解し、認めるべきなのです」と記述しています。

もう一つ、情緒発達と運動発達をつなぐもの、これも「あそぶこと」です。

これは、お散歩をしたり、駆けっこをしたり、鬼ごっこをしてあそぶことです。

情緒発達を伴わない、認知発達や運動発達は、情緒発達にゆがみを与える可能性があります。この歪みは「怒り」で表すことができるでしょう。

だれでも、したくないことを強制されたとしたら、怒りを感じるでしょう。その怒りを、子どもが出すか出さないかはどちらでも一緒です。

一般的的には、子どもは怒りを出せないでしょう。なぜなら大人たちが「あなたのためにしているのよ」というメッセージを出すことが多いからです。

では、情緒発達とはなんでしょうか?

たまたま、今日の(21日)の朝日新聞に鷲田清一?さんの選ばれた言葉の中に

「わたしは、本当の自己を、無くしてしまった」(正確ではないかもしれません)、というシベリア抑留から帰還した詩人の言葉がありました。

「本当の自己」に対応する言葉として、ウィニコットは「偽りの自己」という言葉を使っています。

ちょっと込み入ってくるので端折りますが

ウィニコットによると、乳・幼児期の情緒発達とは「本当の自己」を形作っていく期間だということになります。

時間が来たので、またまた端折りますね。

113ページに「いろいろな種類の技能ができるようになっていく年齢を記録していくことは、興味のあることです。しかし、技能よりも重要なものがあります。それは遊びです。遊びによって赤ん坊は自分自身の中に、遊びのための素材と呼ばれるようなもの、すなわち遊びで表している空想的な生き生きとした内的世界を築きあげています」

そして「子どもの内的な空想世界の中に、現実の素材を少しづつ織り込んでいく」ということです。

136ページに

「したがってあなた方は、急がず、あせらず、忍耐強く、赤ん坊が十分遊べるように、待つ準備を整えておく必要があるでしょう。・・・・赤ん坊のふざけ遊びに対応する遊び心が、あなた方自身の中にあるならば、赤ん坊の内的豊かさは開花し、赤ん坊と一緒にあそぶことが、あなた方二人の関係の最高の要素となるのです」

やっぱり、ウィニコットはむつかしい・・・。

内的世界の豊かさと、現実世界の豊かさを合わせ持つことで、私たちは創造的に生きることができるのだそうです。

「子どもとともに生きる」ということは、素晴らしいことなんだと思いますね。

ともかく、おしまい。・・・つかれたぁ~





  1. 2015/10/21(Wed) 19:43:57 |
  2. URL |
  3. ジジより #-
  4. [ 編集 ]

ウィニコット博士

いつも貴重な情報、とても助かってます。
有難うございます。
気になって、ウィニコットと検索してみて色々と読んでみました。
母子関係と依存性や移行期、心理的自立、遊び、対象恒常性…等々。難しいですが、何となくの理解でもとても参考になりました。

母乳外来に通っており、卒乳に関しても子供のメリットを中心に進めたつもりでしたが、ウィニコットの発達理論に当てはめると毒リンゴを食べ続けさせた事に…。
私自身もどれが良かったか今となっては分かりませんが…。
ジェリーさんにお伝えするのを忘れてたのですが、娘は今月に入ってからは母乳を欲しがってないのでおそらく卒乳したと思います。その後の見守りは必要ですが。

やるべきこと、やらなくてよいこと、待つこと…。分かっていても出来ない事があり、ブログからもたくさん学ばせてもらってます。日々感謝です。
  1. 2015/10/23(Fri) 11:31:13 |
  2. URL |
  3. leaf #-
  4. [ 編集 ]

leafさん

目に心にとめてくださりありがとうございます。
娘さんはジブンの一部であった乳房と完全に離れ、個の存在となられたのですね!プチ独立記念です(笑)
最近は、随分ジブンの興味のあるものを見つけて〝一人でいる力〟を身につけているなぁと感じます。
できることが増え、自信に溢れています。
やがてジブンの能力を生かして本当の独立(自立)を迎えれるよう、〝ゆっくり・しっかり・まちがっていい〟幼児期をサポートしていきたいですね。
  1. 2015/10/24(Sat) 09:28:48 |
  2. URL |
  3. ジェリー #-
  4. [ 編集 ]

ジェリーさんが「赤ちゃんはなぜ泣くの」から抜粋した文章は、ウィニコット博士の理論の中でも、もっとも難解なところですね。

たまたまなのか?「母の感」なのか?分かりませんが・・・・。

「抑うつポジション」と名付けられていますが、乳児の成長の節目として大切なところだとされています。

毒だんごを食べさせるのは母親、もしくは母親の行為ではありません。

ジジ的解釈ですが、本能衝動に圧倒された赤ちゃんは、とりあえずママを、「良いママと悪いママ」に分けるのだそうです。これが「良い乳房」と「悪い乳房」です。防衛機制という働きのようです。

この「良いママ」と「悪いママ」を統合して「私の一人ママ」と捕えることだ出来るようになると、機嫌の良いママも機嫌の悪いママも、同じ人で「私を愛してくれるママ」と理解できるようになるようです。この抑鬱ポジションを上手に乗り越えることで、赤ちゃんに思いやりの心が芽生えるということのようです。

ですから「一日のうちで、ほんのわずかな間だけ悪い母親とならなければならないことがよくあるのです」ということです。

これも、赤ちゃんの錯覚の一つと思いますが、ここから脱錯覚というプロセスを経て、あるがままの母親との再会ということになるのでしょうね。

なんだかファンタジーのようですね。

ですから「赤ちゃんが機嫌が悪いからと言ってあまり慌てないで、落ち着くまで待ってあげましょう」ということです。

まぁ~、こういった理屈はあまり気にせずに、赤ちゃんを信頼して仲よくすることでしょうね。

目安は「生き生きすること」のようです。




  1. 2015/10/24(Sat) 11:55:13 |
  2. URL |
  3. ジジより #-
  4. [ 編集 ]

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