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変わり目⁉︎

この日は持参のLaQを見せてくれ、飼っているカナヘビを作ったのだと教えてくれました。

また、「なんでオスはメスを噛むのだろう?」という疑問も口にします。


「LaQがしたい!」と言いました。
リボンクラブにはないおもちゃですが、自宅にあるLaQを用意しました。
しかし、数個 触ってはキョロキョロソワソワして何かを作るほどのエネルギーは向けられません。

他のおもちゃも同様にちょっと触っては次へと移り、どこか心あらず・・


彼女の好きそうなあそびに誘っても、どれも響かないようでした。

疲れているのかな?
誘うのは控えて少し待ってみることに。

すると薄い積木を立ててドミノを作ることを思い付いたようでした。

しかし、いつものような集中力を持ち合わせていなかったので、完成を迎えるまでに何度も何度も倒れてしまいました。
倒れたドミノを見て、大げさなくらいの大笑いをしていましたが、心の底から笑っているようではなく、どこかさびしく、乾いたようなカラ元気のようでした。
そして、倒れたドミノの修復には「ジェリーさんがして~」とお願いされるのでした。


こんなことしても受け入れてくれるのだろうか?とお母さんやわたしの顔色を伺っていたのでした。


幼稚園でもするという「にじみ絵」をすることになりました。


しまいには、絵の具の瓶を全て返しました。
もはや「にじみ絵」はどこに?といった感じになりましたが、彼女は筆に代わってジブンの手を使いたそうでした。
イキイキしています。



エネルギーがここに注がれました。
画用紙いっぱいに絵の具を広げ、ひんやりとした絵の具に触れています。


そうだな。
彼女はこんなことをするのが好きだったな。



絵の具を片付けたあと、次に目がとまったのは
クアドリア。玉の道づくりです。
このおもちゃを選んだのは初めてだと記憶しています。

お手本を見ながら、積木の色や空間認知をして組み立てることができました。
彼女の気持ちが全面的にクアドリアに向かっているのがわかります。
前半のソワソワはなくなっていました。


しかし、どんなに楽しい時間も必ず終わりがきます。
ジブンの興味に応えてくれるあそびを充分堪能するには、残念ながら時間が足りなかったのです。
再び、わたしの表情を伺います。


彼女の気持ちは痛いほどよくわかりますが、
「おわり」へ向けて収束できるようサポートします。(ここでは、毅然とした態度と表情)
これ以上引き伸ばせないと悟ったのでしょう。
目からは涙が溢れます。
進んで片付け始めました。


えらいね。
ガマンしたね。
がんばったんだね。


部屋にないものであそびたいと言ったり、
終わりがなかなか受け入れられなかったりと
ジタバタを見せたのは初めてでした。
このところの不安定さや、お母さんから見てもなんだかこれまでと違うなと感じることも、
大きくなるための通過点なのかもしれません。

彼女の人生にちょっぴりリボンクラブがあったことはきっとヨカッタだろうと思います。
きっと素敵なしっかり者の女性になることでしょう。







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コメント

「部屋にないものであそびたいと言ったり、終わりがなかなか受け入れられなかったりと、ジタバタを見せたのは初めてでした。このところの不安定さや、お母さんからもても、なんだかこれまでと感じることも、大きくなるための通過点かも知れません。

大きくなるって大変ですね。

お友だちとトラブルが起きたり、先生の言葉や行動に「・・・?」と感じたり、お友だちの行動に理不尽を感じたり、自分の行動の理不尽さに気づいたり、成長するにしたがって、今まで見えなかったものが見えるようになってきます。

でもブログの内容からはシッカリ感も伝わってきました。

「これ以上伸ばせないと悟ったのでしょう。目からは涙が溢れます」

進んで片付けはじめました。

「曇りのち晴れ」がんばって・・・。

ジジさん

レオさんのブログを読んでから、再び読み直すと、
まさに空想の世界(ファンタジー)と現在の世界に見てとれます。
前半のフワフワしてゲラゲラ笑い転げたり、部屋にないものであそびたい!と言ったり、倒れた積木を直して!と言ったりする一見傍若無人な振る舞いは、ファンタジーの住人でした。
ファンタジーの世界は、決しておとぎの国のような創造的な素晴らしい世界だけではなく、ちょうど【かいじゅうたちのいるところ】のようなかいじゅう踊りや大声で叫ぶような現実的にはなかなか大人に認めてもらえないような世界もありますよね。
まだ、マックスくんのように堪能する時間が充分ではなかったのでなかなか自ら現実の世界(終わりを受け入れる)へ戻って来れなかったのだと思うのです。
(でも、お母さんやわたしの表情を敏感に感じ取ることができる子なので、薄々は「こんなことをしてはお母さん、いやなんじゃないかな?キライなんじゃないかな?」と
わかっていながらの振る舞いでした。)
絵の具あそびでニュートラルな状態を取り戻したあとは、しっかり集中して構成あそびへと向かいました。
そうして、最後の「涙をこぼしながら、自ら片付けはじめた」に結ぶことに表れていると見れます。ファンタジーの世界から現実の世界に戻ってきた瞬間でした。つまり、「終わり」を受け入れられるよう調整したのですね。
彼女にとっては試練のときでした。
片付ける姿は潔く、美しく見えました。

「あそぶこと」はファンタジーと関連しているのかも知れませんね。

私たちが、創作絵本や物語で知るファンタジーは、個人的経験が反映していると思います。

民話や神話や宗教儀式のようなものは、それぞれの民族の知恵を表しているのだと思います。

「不確実性」という自然や現実から受ける恐怖を前にして、立ち向かっていくためには、何らかの形式を創りだす必要があったのかも知れませんね。

いずれも人間の感情がベースにあって、それらが投影できるシンボルや儀式を使って乗り越えて行こうとしたのだと思います。

そういう意味では、ファンタジーの世界は「心の中のできごと」として、現実と対比されているのかな・・?

現実世界のできごとが引き金になって生じた「もやもや」が、あそびの中で表現されることがありますよね。

東北大震災の後では、子どもたちの間で「津波ごっこ」が流行ったそうです。津波によって経験した恐怖を「あそぶこと」で吐き出そうとしていたのかも知れません。

こうしたあそびは、大人の目からはひんしゅくを買ったようです。大人にとっては思い出したくない出来事だったのでしょう。

日常の生活の中でも、受け入れがたい経験や感情的なできごとはたくさんあると思います。ことに成長期にはジブン自身の変化に戸惑うこともあるでしょう。

いずれにしても、そうした経験が睡眠中の夢やあそびの中で表現されることはあるでしょうね。

睡眠中の夢では、身体の感覚入力と運動出力のスイッチがOFFになっているようですから、ある意味での安全地帯です。

「あそぶこと」も、非日常性という意味では安全地帯です。あそびの中で悪者になったとしても、ジブン自身が悪者であるということにはなりません。「だってそれはあそびだから・・・」という言い訳ができますから・・・。

「あそぶこと」には、二つの方向性があるのかも知れませんね。一つは身体の発達や認知発達のように現実に向かっていく方向、もう一つは感情発達ような退行しても良いという方向です。もちろん一時的なものとしてですが・・・。

そして、そのことを一番知っているのは子ども自身かもしれません。

「もやもやした気持ちは出しても良いよ」ということと「悪いこと行動をする子=悪い子ではない」というメッセージは私たちとしても出しやすいですよね。

「涙をこぼしながら、自ら片付けはじめました」

なんだか切ないシーンですね。

でもこうして成長していくんでしょうね。







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プロフィール

ジェリー

Author:ジェリー
自身の子育て中、夫の赴任先の熊本県で【あそびのアトリエリボンクラブ】に出会う。赤ちゃんの発達やあそびの重要性と赤ちゃんとモノ・ヒトの関わりに興味を持つ。【あそびの心理研究所】所属。あそびのアトリエ開設講座を受講。赤ちゃん学会会員。
2013年大阪池田ルームを開設。2019年大阪枚方市に場所を移し、ひらかたルームに名称変更。22歳・19歳・13歳の子どもの母。

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