あそびのアトリエ リボンクラブ大阪池田ルーム(旧ママりす日記)





あやしいモノ発見!! ~2~ :: 2016/03/15(Tue)


日の丸展望台に着きました。
遊具で遊びはじめました。







おなかへった~

お弁当たべよう~



途中、おやつの誘惑に勝ったのですから、
きっとおいしさ倍増のハズ・・!


いつも思うのですが、
「シートをこうやって敷いて、こっち向きに座りましょう」って大人が言わなかったら、幼児というのは皆思いおもいの場所で居心地の良いように座って食べ始めるんですよね!

このバラバラな感じを面白いな~と思ってます。



「人数の計算してくれる人」を募集すると何人も進んで買って出てくれます。

一人一個ずつ分ける
それでも余る場合は二個ずつ、それでも余るときは3個ずつ。


どう?みんなおんなじになるよう分けれたかな?



お互いのイチオシお菓子を大事そうに持っています。



紙飛行機とばしが始まりました。



全く滑りの悪い滑り台。
詰まって詰まってこうなっちゃったようです!

これ以上ここにいると、ケンカが勃発しそうな雲行き・・
おにごっこを提案してみました。

参加する人の片足を出してオニを決めるのだそうです。教えてもらいました。

わたしがオニになりました。みんな早すぎてもうつかまりません!ギブアップです。

そんなわたしにもできるようかくれんぼに変更してもらいました。


隠れていたのですが、見つかった子たちは走って逃げ回っていました。

それは「かくれおに」ではないのかい?
それとも、最近のかくれんぼとはそういうものなのか?わたしだけがわかってないのか?


片付けだってジブンでできます。



冬に魔法の美術館で行ったあべのハルカスが見えます。その時はあちらから五月山を見ました。



帰りのお楽しみ?はこの吊橋。

みんなリュックサックを置いて挑戦!


馴れた男の子が左右に揺らしたり、ジャンプしていました。
渡っている子は慎重に歩みを進めていて、揺れのせいで怒ったり泣いたりする子はいませんでしたから、そのまま見守ることにしました。



これは、全国的な森林問題「ナラ枯れ」について説明しているわたしをニーナさんが撮ってくれていました。

「どうして木が枯れたら困るの?」と年長さんから質問がありました。


子どもたちは世の中の問題にも興味を持っています。折にふれ話して聞かせ、子どもたちが外に向けて視野が広がり、考え、話す機会が、こどもの知りたいと願う知的欲求を満たすことにつながることと思います。


大人には当たり前の出来事にも、敢えて言語化して共有することで より理解が深まると思います。


山の上から見た大阪全体の景色は下っていくごとに見え方が変わっていきます。
小さく見えた学校はだんだんはっきりと大きくなり、窓などの詳細まで見えてきます。
それでだいぶ下りてきたことが実感されます。

わたしに山の植物や生物の知識があれば、きっともっと楽しいやまのぼりになると思うのですが・・

そのあたりも子どもたちとともにゆっくり歩んでいきたいと思います。



今回、幼児と関わるお仕事に従事している知人に助っ人をお願いしたのですが、
「(今回一緒にのぼって)いろいろ考えさせられた。(自分の職場は)決め事や制約が多すぎてね。自由といっても自由じゃないんだよね。
リボンクラブの年少さんが年上の子たちと同じように頑張る姿に驚いた。ロープのところもジブンでのぼったもんね。自分がいろいろ口出しし過ぎたんじゃないかと反省したわ。いい勉強になったよ」
と、嬉しい感想を下さいました。


子どもたちの前庭感覚や固有感覚の感覚統合のために、やまのぼりが月に一回くらいできるとよい、と以前講習会で聞いたことがあります。
毎月のやまのぼりはリボンクラブでは難しく、子どもたちが充分満足できるほどのことはできていないと思っています。


今回、「下り」で子どもたちが転倒することが多いことが気になりました。

注意の問題なのか身体の使い方の未熟性なのかわかりません。

少しでも「良いと思うこと」を実践していきたいと考えています。






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<今回、下りで子どもたちが転倒することが多いことが気になりました>
<注意の問題なのか、身体の使い方の未熟性の問題なのか?分かりません>


先日、天草の港町にある保育園を訪れました。園長先生がもうすぐ帰ってくるからということで、主任保育士と話していたのですが、その中で・・・。

「以前は岩場に子どもを連れて行っていたが、最近は事故のことを考えると連れていく機会が減ってきている」ということでした。

宮崎県側の美里町、棚田と山里にある保育園では「子どもたちが木に登ることはなっくなった」ということでした。

熊本リボンクラブの子どもたちと散策していて、たまたまあった熟柿を「美味しいよ」とすすめても、「いい・・」と言って食べません。

生活の仕方が変化していって、以前は当たり前と思っていたことも、現代の子どもたちには馴染みにくいのかもしれませんね。

それでも子どもたちは、自由な時間や相応に起伏のある場所に連れていくと、元気に走り回り、好奇心を発揮して、周辺のできごとに関心を示します。

そういう意味では、何時の時代の子どもたちもそれほど違っていないのかもしれません。

ただ、何かが違ってきているし、ちょつとヘン?という感じもします。

山道の下りが上手に歩けなくても、海辺の岩場であそばなくても、木に登らなくても、熟柿を食べなくても、日常に困ることはないでしょうし、将来のことを考えても必要不可欠ということでもないでしょう。

にもかかわらず私たちは、山登りは楽しいし、岩場には面白いものがたくさんいるし、木に登るとなんだかうれしくなるし、熟柿や山栗の美味しさはお金で買えない果物の風味があるので、子どものときは良いのではないか?と考えています。

一次産業が減ってきて、自然と関わりながら働く人々や、一時産業での働き方にも変化があって、大きく言えば日本の風土は様変わりしてきました。以前は「そうなんだ」と漠然と想像していたバーチャルな世界が、現実になってきていますもんね。

今の子どもたちが40歳になって、仕事をして子育てをするころ、どのような社会になっているのでしょう?想像もできないです。

それにしても、人間である以上「体と心」はいつの時代になっても大切だろうと思います。ひょっとすると知識についての考え方は変わっていくのかもしれませんが・・・。

いずれにしても、ジブンの生き方はジブンで決める逞しさのようなものがいるかもしれませんね。

そのためにはジジ的発想としては、古風かもしれませんが「お散歩」です。

「ジブンと対話をすること」「そこからこたえを導き出すこと」このあたりは
限りなく人間的ですし、コンピューターでは無理かもしれませんね。


心理学では「メタ認知」という言葉があるようですが、どのようにすれば、そのようなこころの機能を身につけることができるのか?それともおろそかにしてしまうのか?それは計算の領域というより、直感の領域のように思われるのですが・・・。

「経験すること」と「話し合うこと」

赤ちゃんや子どもたちと、そんな風に関わっていけるといいですね。

子どもたちはいつの間にか、私たちの先を歩く人々になります。リボンクラブをはじめたころの子どもたちも、今ではジジたちの先を歩いていますから・・・。

ジェリーさんの先を歩く子どもたちも、きっと出てくると思いますよ。

楽しみですね。















  1. 2016/03/16(Wed) 19:02:26 |
  2. URL |
  3. ジジより #-
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