あそびのアトリエ リボンクラブ大阪池田ルーム(旧ママりす日記)





仲間へ :: 2016/10/14(Fri)

ジョージラックパズルを全制覇!

しっかりとゆっくりと取り組むことができます。

「ぼくはひとりであそぶのがいいもん!」

ドールハウスが生活の場であることに気づいています。
どこにどの家具や道具があるのがふさわしいのか、
全体に目をやり黙々と配置していきます。
しっかり自己の内面と育てているようです。

一人がキネティックサンドを出してきました。

もう一人も砂あそびが気になるようで、テーブルの砂に視線が移ります。
「一緒におすなであそぶ?」
「うん!」


仲良くトランポリンを跳ぶお二人さん。

やっぱりお友達とあそぶのは楽しいね~!




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超低速モード :: 2016/09/28(Wed)



自宅のWIFI が本調子でないことに始まり、
只今、インターネット回線が超低速の制限中のため、
思うようにブログの更新ができないでいます。

来月になるとリセットされるのか?
よくわかりませんが、そんな状況であります。


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今を生きるこどもたち :: 2016/09/01(Thu)


もうすぐ3歳のお誕生日を迎える☆ちゃん。
玉さしは、玉の数と棒の長さを考慮に入れて通すことができるようになりました。



左側は1歳9ヶ月の◯ちゃん。

筆をポンポンと力強く振りおろします。
とてもダイナミックでイキイキしています。

そのあとはグルグル描き。
画用紙一面に肩を動かせるようになりました。
◯ちゃんの見る世界、肩の可動範囲の広がりがわかりますね。

お母さんの報告によると、家で絵の具あそびの際「黄色」を選択しないとのこと。

そうなの?と思い、わたしも黄色を勧めてみました。
結果は同じ。やはり黄色の筆は握りませんでした。

その色はつかいたくないのよ!
と、◯ちゃんの意思表示があります。

言葉にこそしませんが、色を識別していることもわかります。
ヘェ~、そうなんだ!と教えてくれています。
面白いですね。


最近はおままごとあそびもお気に入り。

食器に食べ物を入れて並べ、ジブンの、お母さんの、わたしのと用意して食べるよう勧めてくれます。

幼児のあそびが生活に根ざしたものであることを私たちに教えてくれます。


たくさんおしゃべりする解読不明な宇宙語の中に聞き憶えのある「名詞」がいくつも登場するようになりました。

きっと、◯ちゃんには連続した意味を持つおしゃべりなんだと思います。
言葉の獲得以前のこどもの発語はとても興味深く、人を惹きつけますね。

「ねぇ、お母さん。◯ちゃんって英語しゃべってるの?」
◯ちゃんのお兄ちゃんが口にした家庭での微笑ましい一コマ。



☆ちゃんのいでたちがツボにハマり、サンバイザーを被ったり、積木をサングラスに見立ててもらいました。

どこか昭和の香り漂う近未来感・・
アレ?バック・トゥー・ザ・フューチャーに出演してませんでしたか?


☆ちゃんは◯ちゃんより、一年大きなおねえさん。その自覚があるようで・・
この日、「☆ちゃん、◯ちゃんに貸してあげるねん」と言って、使っていたおもちゃを◯ちゃんが手にしても、怒ったり泣いたり取り返したりしませんでした。

昨年はこんな場面にササッと素早く手にとって取られないようにしたり、引っ張られても負けじと手を離さず応戦するなど強い一面も見られましたが、
モノへ執着することなく「譲る」ことが3歳になると自然に見られるようになるのだな~と感心しました。


大きくなるこどもたち。
会うたびに発見があります。










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『発達障害のある子どもへの合理的配慮として提案できる支援技術とは』② :: 2016/05/17(Tue)


こどもたちの中には、自閉傾向と書字などのLDを同時に抱えるいることもあり、発達性協調障害のあるこどもも多くいると考えられています。

そのようなこどもたちに漢字を書いて覚えることは困難でトメ、ハライ、ハネは苦行といいます。

意外でしたが、文科相でもそこまでできることが達成目標とはなっていないのだそうです。
正しい書き順、形を知っていること、キレイな字を書けることは大事でしょうが、
これからの時代、困難なこどもたちにとって苦痛な時間を代償にする程の大事さがあるかどうかは本当に疑わしいものです。


このとき初めて聞いた言葉に「印刷物障害」というのがありました。

世の中には、視覚障害、肢体不自由の方、学習障害などいろんな人がいるのに、一般的に広く使用されているのが印刷物であり、印刷物ではアクセスできない人々のことで、
紙ではないアクセス手段を用意しておくことが教室で考慮されていれば内容に触れることができる人々のことを指します。

つまり、困難さの要因がその人にあるのではなく、印刷物に過度に偏っている環境に問題があるという考え方です。
だったら、環境を調整しようよ!ということです。



DO-ITの生徒による音声読み上げや拡大といったテクノロジー利用した場合の学力テストの結果、国語、算数双方得点が上がっていて、中には倍以上の結果も出ていました。

この結果からも、紙とエンピツのテストではこどもの能力を正しく知ることにはつながらない場合があることを示唆していますよね。


日本のこどもたちの教育機会は保障されているのか?という疑問について米国のこどもたちと比較したところ、
初等・中等教育過程で特別支援教育を受ける児童生徒数の割合は、
米国が13%に対し、日本はわずか2.9%。


そのうちLDは、
米国が240万人(IEP)、日本は1万2千人(通級)

米国ではIEPという法律により、学校で教員によって特別支援教育が必要かどうかを判断することになっているため割合が高いのに対し、
日本では、保護者から申告することで支援教育の機会が与えられるシステム。
よって保護者が判っていなかったら、こどもの困難さに気づかれないまま通常学級で苦行とたたかっていることになるということです。



高等教育へ進学し、支援を受けて学んでいる障害のある大学生数は、
米国10.8%、日本0,23%

そのうちLDの人数は
米国18万人、日本72人!

ということですから、米国では配慮があれば学ぶ機会が日本よりだいぶん保障されていることになります。
というより、日本ではたとえ希望や意欲があっても障害を理由に正当な機会を与えられていなさ過ぎると言えるのでしょう。
高校に入れたけど、LDのためにたった72人しか大学生になれなかったなんて、少なすぎる!
これではガッカリです!!


近藤先生は、これは由々しき問題だと仰っておられました。


DO-IT Japanの学生たちの事例では、
1. 書字障害のある生徒の大学入試(AO入試)における小論文へのキーボード利用

2. 書字障害のある生徒の県立高校入試の5教科学力試験におけるキーボード利用

3. 書字障害のある生徒の大学入試(二次学力試験)における時間延長

4. 読字障害のある生徒の大学入試センター試験における代筆利用・・など


米国に比べるとまだまだ少数ではありますが、日本でもこうして実現させているというのですから、合理的配慮を必要とするこどもが、その必要性を求めていくことで障壁は崩していけることをあらわしています。


国連障害者権利条約で、
障害を理由として合理的的配慮の否定は差別として禁止されていますし、

障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を共有し、又は享有することを確保するために合理的配慮がなされないといけないとしています。


(米国では、製品を発売するとき全ての人びとに使えるモノでないと販売の許可が下りないのだそうです。その典型がiPhone、iPad でしょうね)



「ジブンはバカだからダメなんだ。ホームレスになるしかないんだ。」とこぼすこどもを
テクノロジーを利用した代替手段を使って
なくしていきたい。

近藤先生の言葉が今でも胸に刺さっています。












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『発達障害のある子どもへの合理的配慮として提案できる支援技術とは』① :: 2016/05/16(Mon)



東京大学先端技術研究センターの近藤 武夫先生の講演会に行ってきました。


近藤先生の研究は他にもわかりやすく紹介されているのですが私の方でもまとめてみたいと思います。


講義の目的はLDなど読み書きに障害のある児童生徒への支援技術としてのICT利用事例を通じて、合理的配慮の考え方を学ぶとともに、

特に「読み書き訓練の教材として教師がICTを使うのではなく、「教室や試験に参加する上での社会的障壁を乗り越える能力として、児童生徒自身がICTを使う」ことを前提とした内容です。


学校にはいろんなこどもがいますが、必ずしも診断がある子とは限らず、診断はないけど読み書きに困難を抱えているこどもは意外に多いといいます。
テストの点が低いなぁと思ったら、先生が代読するあるいは答えを代筆してあげるなどの支援をしてみる。結果テストの点に開きがあるときは大体読み書きに困難がある子だと捉えてもいいとおっしゃっておられます。

しかし、いきなり代替手段を与えると社会的烙印を押されたと感じる子どもがいるため、
まずは子どもとじっくりはなし、本人が何をやりたいか?を確認し共有する。
その上で、「こんなのあるよ」と機能代替アプローチを提供するのがよいプロセス。
機能代替アプローチとは、具体的には「印刷物を読むこと」に関する機能障害のある生徒に、別の(代替的な)手段で「読むこと」にアクセスできる方法を提供することをさします。


読み書き計算が通常生徒と同じようにできるように訓練を提供する治療教育アプローチも大切だけど、それ以外にも相互に補える方法もあるということをこどもに知ってもらう必要があるということです。

読み書きに困難を抱えるこどもは板書にエネルギーを使い果たし、内容を理解するまでには至らず疲労困憊。その上、自宅に戻ってノートを開くと自分の書いた字が読めなくて落ち込むといった悪循環があるといいます。
これでは、書く・ノートを取ることがイヤになるし、勉強=苦痛、学校=難しいことの連続、修行の場所となることは想像に易しいですよね。


タブレットを用いてキーボードを利用したり、録音や撮影よる記録ができたり、
読むことの困難なこどもが、デジタル教科書を使って音声読み上げ機能を利用したり、文字の拡大や変換、ハイライトをつけて読みのアシストがあれば、
問題について思考したり理解できるようになります。


そうすれば、取り出して別学級で学習する必要もないし、加配の先生にそばについてみてもらわなくてもジブンで学習ができる訳です。


実際に近藤先生が同じく東大先端研代表の中邑先生たちと取り組んでおられるDO-IT Japanの多様な障害のある児童生徒は、上記の方法でテクノロジーを活用して学校で学習しているといいます。


DO-ITの生徒ではほとんどいないけど、
先生が生徒にタブレット端末利用を提案しても、通常学級において「みんなと違うことは恥ずかしいから使いたくない」というこどももいるという報告が近藤先生に寄せられるのだそうです。


そこで大切なことは、
子どもたちには学ぶ権利があり(日本ではあまり保障されていないのが実状ではありますが)、学びの機会に参加する必要があること。
テクノロジーを活用することは、ズルではないことを子どもに知ってもらうことにあるといいます。
このとき、こども自身に自己決定すること求めることができるようにしておかないと、
いくらタブレットがよいから使いましょう~と言って、自己決定なくして先生や親が先回りして導入しても上手くいかないと話しておられました。

往々にして、ハンディのあるこどもはサポートがあることに慣れていて、
自己決定や求めることの機会を奪われていることもあるといいます。
しっかり自立した人間になるために、「お願いができること」「ありがとうが言えること」は
障害の有無に関わらず、大切なことですよね。



長くなりそうなので次回へ。





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